メディアグランプリ

めんどくさいのなかに

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:しんがき佐世(さよ)(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
めったに会わない大切な人がいる。
めったに会わないので、たまに連絡をとりあってもなめらかに話せないくらいの。
それでも大切な人のまま、15年くらい経つ。
 
たくさんの「めんどくさい」を分け合ってきた人だった。
 
その頃の私は20代で、ネットの向こう側の誰かと出会いたかった。
私の知らないことを知っている人と出会いたい、ただのほしがりだった。
就職浪人したくないから就職した不動産会社でも、ぼんやりとしていた。
「お前には無理だよ」と上司にからかわれた宅建試験に合格して資格手当分のお給料が増えたけれど、うれしさには遠かった。
上司に無理だと思われても不思議はないくらい、ぼんやりと受け身だった。
それでいて、自分の人生に夢中になれないことを、ぜんぶまわりのせいにしていた。
 
ある時ネットサーフィンしていて、あるSNSを見つけて登録した。
そこは趣味の友だちや恋人を見つける場所だった。
出会い系サイトのまじめ版、といったていで、当時ではめずらしく「ひとの日記が読める」場所だった。
他人の本棚とおなじくらい、人の頭のなかに興味があった私は、誰かの日記読みたさに登録した。
 
本屋さんで気になる本を探すように、気になる日記を探していると、ある人の日記に目がとまった。
ある一日の彼女の日記を読み、気づけば過去の日記をさかのぼって一気に読んでいた。
プロフィールをチェックすると同い年で、埼玉に住んでいるらしい。
彼女のことが好きになっていた。
 
それまで、人の日記は「秘められたもの」だった。
日記は鍵付きのノートにしたためられ、引き出しの奥にしまわれる存在だった。
それが、ちょうどそのころ流行りだしたSNSのはしりで、「互いの日記を読める」のが主流になり始めた。
おおくの人が「誰かに読まれる」ことを前提に、個人的な日記を書き始めた転換期だった。
個人で発信するのがあたりまえのフェイスブックやインスタグラムのようなSNSはまだなく、日記にしるされたデジタルの文字をどきどきしながら目で追った。
 
「公開されることを前提とした日記」にいままでの日記の概念がひっくりかえった時期に、私は会ったこともない遠くに住む人の日記に夢中になった。
彼女の日記が更新されると、それが一日を終えたしるしのように大切に読んだ。
 
すぐにカッコつける私にとって、むきだしの彼女の日記はカッコよかった。
何もないのにカッコつけることのカッコ悪さを、彼女の日記からゆっくり学んだ。
 
日記には、彼女の日常のことが綴られていた。
離婚経験があるようだった。
モノを捨てるのが苦手で、部屋の片付けと掃除が大の苦手らしい。
恋愛でつらい思いをしたことがあるようだった。
髪の量が多すぎて、毎朝もてあましていることも、看護師をしていることも日記で知った。
自分の命をなんどか粗末にあつかったことがあるらしかった。
めんどくさい自分の性格について、つまびらかに書いていた。
自分のことを日記では「あたし」と書いていた。
彼女の日記は、読み手へのサービス精神がにじみでていた。
読んだ後の気持ちがすこし軽くなる、不思議な作用があった。
 
こんなポンコツの私でもどうにか生きているんだから、あなたも生きたらいいかもね。
できれば、笑っていたらうれしいけど、笑えないなら無理して笑うことないんじゃないかな。
ダメダメなときは私のヘタレっぷりをみたら救われるかも。
 
日記のどこにも書かれていないメッセージを、私はにぎりしめて会社にむかっていた。
 
看護師でいて、みずからの命を粗末にあつかったことのある彼女の日記は、むき出し加減が群を抜いていた。
まるで生きる小説みたいな女性だった。
 
どちらから連絡をとりあったのか、思い出せない。
いつからか、私は彼女と連絡をとりあうようになった。
メッセージボックスに彼女からの言葉がはいっているのを見ると胸がはずんだ。
 
SNSを介した連絡から、住所を教えあい、手紙を送りあうようになった。
彼女は手書きの手紙が好きだった。
デジタルな世界で出会った私たちは、互いが機械じかけでないことを確かめるように長い手紙を送りあった。
彼女の手紙は5枚以上はざらで、思いついたことをつらつら丸い文字で綴られていた。
内容は日記と変わらないトーンで、ときどき修正ペンで書き損じた部分がていねいに修正されている。
会ったことがないのに、声が聞こえてくるようだった。
 
「いまどき手紙ってめんどくさいよね。でも好きなんだよね」
 
当時、お互いに病院に通ったり、やめたり、不安定な時間のなかにいた。
 
たぶん、お互いめんどくさい人間だった。
めんどくさいをわかちあって、簡単なメールよりめんどくさい手紙を好んで送りあう自分たちを許し合うように生きていた。
 
そのときつきあっていた人とうまくいってなくて、仕事では失敗がつづいた。
いろんなことがかみあわないタイミングが重なって、持病も悪化していた。
10歳から気長につきあっていた難治性の病気の治療薬を飲み続けている日常に飽きて、飲むのをやめたらあたりまえのように体調がわるくなった。
平地を歩いていても心拍数は上がりっぱなしで、浜にうちあげられた魚みたいにぱくぱくと息をしていた。
薬なしでは心臓の打つ数も普通を保てない自分がまるごとめんどくさくなり、そのままにしていたら1ヶ月で10キロ体重が落ちた。
 
とうとう会社にも行けなくなり、休職願いを出してただ眠っていた。
テレビをつけても内容が頭にはいってこない。
あふれる音とにぎやかな色があふれるなかで生きられる自信がまるでなかった。
実家にも帰りたくなかった。
どこにもいかないで、部屋の床にひらたくくっついていた。
 
彼女に泣き言のメッセージを送った。
打った文章を読み返すこともしなかった。
支離滅裂な文章のなかで、めんどくさくてごめんね、しょうもなくてごめんね、死にたくはないけど生きたくもないよ。どうしたらいいんだろう。めんどくさいなぁ。
思いつく限りの泣き言をはいた。
 
彼女から、短い返信が届いた。
文字数は少なくても、それにどれだけ長い時間をかけて送られたものかが伝わる内容だった。
2日後に手紙が届いた。
説得するようなことや、励ますようなことは、長い手紙のどこにも書かれていなかった。
いままで通りのいつもの日常が、デジタルの日記の延長のようにつづられていた。
飼い犬のへんなクセのこと。部屋が散らかっていること。元恋人から連絡がきたこと。でも復活はしないほうがいい気がすること。
職場で起こった言うまでもないくらいの、でもちょっとへんな出来事。
次の便せんをめくったら、たたんだ3万円が手紙の合間に隠すようにはさまっていた。
一枚の一万円札のはじっこに、えんぴつでちいさく「生きよう」と書かれていた。
 
光ったり消えたりする命の現場で働いている人の、まるい字だった。
もらった命を自ら手放そうと本気で行動にうつしかけて「失敗」したことのある人特有のすごみがあった。
 
彼女に電話をかけた。
「めんどくさい人間でごめん」と鼻声でくりかえす私に、私もそうだから、と声が聞こえた。
 
めんどくさいを預けてくれて、ありがとう。
 
生きることがどれだけめんどくさいかを知っている人の声だった。
テーブルに置いた便せんと3万円、どちらもただの紙。さわると温かい紙だった。
 
そこでようやく、難治性だろうが薬で命を明日へつなげられるなら大した幸運だ、とやっと思えた。
 
3万円をお守りのように持ち歩いていたある日、ふと、大丈夫だ、と思えた。
自分の病気のめんどくさいも、心のめんどくさいところも、私の一部で、そのめんどくさいをまるごと受け止めてくれた人がいる。
だから大丈夫だ。
 
彼女にお金をそのまま返す代わりに、彼女のめんどくさい場面がきたときに、とことん立ち会おうと決めた。
 
病院に行って、検査をした。
心臓の動悸をなだめるいつもの薬を処方してもらった。
会計で彼女からもらったお金をとりだして払った。
「生きよう」とメッセージをのせたお金は、そのまま何事もなく会計係の女性の手に受け取られた。
ほかでもない病院で、その大切な手紙が誰かにわたることを想像してみた。
 
 
 
 
 
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2019-03-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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