fbpx
メディアグランプリ

止めどなく流れ続けるあなたへ


 *この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:平野謙治(ライティング・ゼミ平日コース)

「入院決まった……」

職場でそれを見た僕は、ため息をついた。母親からの連絡だ。
前日、咳込みが酷いからと弟が学校を早退した。あまりに咳込み、食事すらままならないからと母親が今朝病院に連れて行った。
診断結果は肺炎。
点滴治療が必要とのことで、入院が決まった。

「お母さんも退院まで付き添うから、家のことよろしくね」

弟は生まれつき障害があって、会話がままならなかった。何か身体に異変が起きていても、それを説明することができない。点滴を嫌がって、勝手に外してしまうかもしれない。ひとりで入院させるのはあまりに心配で、母親は夜も家に帰らず、退院まで病室に付き添うことになった。

我が家は4人家族。大黒柱の父と、母と、社会人に成り立ての僕と、高校生の弟の4人だ。母は専業主婦であり、仕事はしていない。むしろ仕事はできなかったというのが正しい。家事はもちろん、毎日弟の学校の送り迎えや世話をしていた。

入院の連絡を受けたとき、弟はもちろんだが、母親のことも心配になった。
病室に付き添うと言っても、母親のベッドは用意されていない。備え付けの椅子で寝るしかなかった。また病院のシャワー室は借りられるものの、ゆっくりお風呂に入ることはできない。病人にはまだしも、付添人にはとてもではないが良いとは言えない環境だった。
入院が長引いたら、母まで体調を崩すのではないか。悪い予感がした。

「今日病院行けそう?」

父親から連絡がきた。母に少しでも休んでもらうために、僕か父が仕事を早く終えて、病院に行って交代するのが得策だった。

しかし入院の連絡があった日に限って、僕は営業で遠方に行っていた。仕事を終え、すぐに病院に着く時間を調べた。
そして、どう頑張っても面会可能時間である21時には間に合わないことがすぐにわかった。

「ごめん、今日は間に合いそうにない……」

苛立ちながら、父親にメッセージを送信した。この日は父親が病院に行ってくれることになった。
仕事があったので仕方ないと思いつつ、僕は病院に行けない罪悪感で胸が痛んだ。
結局僕が家に着いたのは、21時半過ぎだった。

「ただいまー」

帰宅時に家に誰もいないことが滅多にないので、つい口から出てしまった。すぐに誰もいないことを思い出した。僕の声だけが、渇いて響いた。
寂しさを覚えながら、ご飯を食べようと台所に向かった。当然ながら、いつもならあるはずの夕食がなかった。
温めた冷凍食品を食べ終え、お風呂に向かう。脱衣所について、昨日の夜と同じ状態の洗濯機に気づいた。
脱いだ服を入れるのをためらいつつ、お風呂に入る。当然いつもと違って湯船にお湯は溜まっていないので、シャワーだけで済ます。

そしてシャワーを浴びながら、僕は思った。母親は水道のような存在だなと。
平日働いて土日は休む僕らとは違う。365日、休むことなく止めどなく流れ続けている。僕らは毎日、その恩恵を受けている。だけど普段はそのありがたい存在に気づかなかったりする。止まって始めて、その偉大さに気づく。

そして同時に、自分のことが愚かだなと思った。止まるまで気づけなかったのだから。
ひねったらシャワーが出るのだって当たり前じゃない。管を敷いて、水の導線を管理してくれている方がいるからこそ、水が出るのだ。
同じことである。毎日家事や、弟の世話をしてくれているのが当たり前なはずない。それなのに僕は休みの日であっても手伝うこともせず、いつもいつも任せきりだった。思い返せば、洗い物や風呂掃除のせいか母の手はいつも荒れていた。母親の苦労を、初めて理解できた気がした。
今まで、母親の恩恵が当たり前だと思っていた自分を恥じた。

その日から、僕と父親は分担して家事を行なった。
洗濯に掃除、洗い物と慣れないことばかりで、普段いかにやってこなかったかを反省した。そして家事の難しさや苦労を味わうたびに、母親への感謝の気持ちが溢れ出てきた。時間がかかっても、とにかく丁寧にやることを心がけた。

「退院決まったよ!」

二週間ほど経って僕が家事に少しだけ慣れた頃、母親から連絡が来た。再び職場でそれを見た僕は、ほっと胸を撫で下ろした。

「ただいまー」
「おかえりー」

その日、家に帰ると母親と弟がいた。
すぐに僕は弟のもとへと向かった。病院にいた頃より元気そうな顔を見て、頭をくしゃくしゃと撫でた。
お前が元気でいてくれるのがいちばんいい。だけど今回の入院で、大切なことを学べた気がするよ。

そして母親に声をかけた。

「洗い物、そのままでいいよ」

止めどなく流れ続けるあなたへ。
あなたが今まで、してくれていたことは決して当たり前なんかじゃなかった。たまには止まってくださいな。
母の日じゃなくても、僕は休日をプレゼントしようと思う。

少しだけ、慣れてきた洗い物。
たまには僕の手が荒れるくらいが、ちょうどいい。
   
*** この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。 http://tenro-in.com/zemi/70172

天狼院書店「東京天狼院」 〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F 東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」 〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN 〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


2019-03-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事