「変わってるね」と言われたら、海の中を覗いてみて
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:渡部園(ライティング・ゼミ平日コース)
「今日はありがとうございました」
そう伝えて彼の背中を見送ったら、鼻の奥がツンとした。
彼を引き留めたかったけれど、それはできなかった。悔しさ、寂しさ、情けなさで息苦しかったから。
社会は、海に似ていると思う。
私は海面のすぐ下を泳いでいたはずが、いつのまにか溺れていた。
もっと、他に伝えたいことがあったのに言えなかった悔しさ。
もっと、一緒にいれたらよかったのにと思う寂しさ。
もっと、上手く立ち回れたら、こんなふうにはならなかったのにと思う情けなさ。
それらが私の目から零れ落ちていかないように必死で引き留めた。もし、それらを引き留めなかったら、私は空っぽになってしまうと思ったのだ。
すると、「このままではいけない」と、意外と冷静になれた。
日光で温められた海面で、ゆっくりしていれば楽にはなれるだろう。でも、ここで楽になってしまったら、私は大切なものまで手放して、空っぽになってしまうんじゃないか?
そう思ったから、光の届かない海の底へ潜っていくことにした……。
この日からは、彼とまともに話をしていない。
そもそもちゃんと話をしたことなどあっただろうか? 私から話したことといえば、「明日はどこで何時に待ち合わせする?」だとか、そういった必要最低限のことだけだったかもしれない。それ以外はただ話を合わせて、頑張って笑っていたような気がする。
彼は仕事ができる人で、だからといって偉そうに振る舞うことはない。年上からも年下からも男女関係なく好かれる人だ。私はテキパキと仕事が出来る方ではない。あとは、あまり広くは知られていない種類の動物が大好きで、好きな音楽もマニアックで、食べ物の好みも変わっている方なので、「普通の会話」というものがなかなか弾まない。素直に話せば、相手から「変わってるね」と言われて終わり。そんな私にとって彼は憧れで、彼のそばにいると安心できると思っていた。
海面すぐ下を泳ぐイワシやニシンの群れは、光が当たってキラキラと輝く。その姿はとてもきれいだ。でも、私はその群れに入ろうとして溺れてしまった。一緒に泳ごうとしても、取り残されてしまう。
私は彼よりもずっと劣っていると思っていたのだ。
これまで全く違和感がなかった訳ではない。でも、思い返してみると無理があったことがはっきりと分かった。
だから私は、海面の逆方向にある海底を目指した。
「久しぶり!」
数か月後、私はあるライブ会場にいた。友人の姿を見つけて手を振って、また他の友人を見つけると駆け寄って挨拶をした。私と友人たちは同じアーティストのファンで、ファン仲間だ。
私たちはSNSの投稿がきっかけで知り合った。いつもはお互いの投稿に「いいね」をつけたり、コメントをしたりしている。
「○○さんですよね。いつも投稿見てます!」
ライブ会場でこういうふうに話しかけられたり、話しかけられたりすると、ちょっと嬉しい気持ちになる。会うのが初めてでも実際に話してみたらSNSで既にフォローしていたり、コメントしたりして、「昔から友人だったのでは?」と思える友人もいる。
さらに、同じアーティストが好きで知り合って話をするうちに、好きな映画やアニメも同じだということも多い。好きな音楽や映画が同じだと分かっていると、実際に会ったときに会話に困ることが少ない。気がついたら夢中で話し込んでいた。「普通の会話」ではなかったかもしれないけれど。
変わり者の私も、この深い海の底にいると気持ちが楽になる。私は海底に潜ったことで、趣味や好きなことをする機会を手放さなかった。
「カニの仲間って、孵化してすぐは同じカニとは思えないくらい変な体の形なの。大人は海底を歩いたりしているけれど、子供のころは海の中をふわふわと浮かんで海流に流されているだけの時期があってね。それから成長して大人と同じような体の形になったら、海底で暮らすようになるの」
友人と水族館の水槽を眺めながら、私はそう言った。
海で暮らす生き物の中には子供と大人でライフスタイルが大きく変わる生き物がいることを、ややテンション高めに説明した。
「大人になると歩いたり、ちょっとだけ泳げるようになったりするけれど、移動できる範囲が限られてくるでしょ? 子供のうちは海流にのって遠くまで行けるから、自分の遺伝子を広く拡散できる。生き物って、上手くできてるよね。」
その時は言わなかったが、昼間は海の深い場所にいて、夜になると海面近くの浅い場所に移動する生き物もいる。日光のあたる海面も光の届かない海底も繋がっているから、明確にどこで暮らしている生き物なのかを説明するのは難しい。
それは、私たちも同じだと思う。生きていれば、仕事や避けられない用事もあるから、ずっと好きな場所で好きなことをできる人は少ないかもしれない。難しいけれど、できる限り自分に合う食事や服装などを選んで、何に対して時間を費やすのかを選んでいけば、それがその人のライフスタイルになる。
それがどんなに人と変わっていたとしても、いつか離れた人ともまた会えるかもしれない。
海面も海底も同じ「海」だから。
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