メディアグランプリ

僕の胸を突き刺した、後輩の弓矢


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:平野謙治(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 

「四年間は想像以上にあっという間です。
卒業するときに良い大学生活だなって思えるように、何か熱中できることを見つけてみてください」
 
ハッとさせられた。その言葉は、弓矢のように僕の胸に突き刺さった。
後輩の大学卒業記念パーティーでの挨拶である。
 
大学を卒業して働き始めてから、もう少しで一年が経とうとしていた。サークルの一つ下の後輩たちも、もう卒業してしまう。
 
「早いものだな」
 
送られてきた卒業記念パーティー開催のお知らせを見て、ポツリとそうつぶやく。それと同時に、胸がざわつくような感覚がした。
 
この気持ちは、何だろう。
その正体がわからないまま、卒業記念パーティー当日を迎えた。
僕はOBとして、途中から参加することになっていた。ざわつきの正体を確かめるべく、会場へと向かった。
 
パーティーは非常に盛り上がった。四年生の卒業前にサークル員が集まる最後のイベントなのだから当然だ。
僕も久しぶりに親しい後輩と顔を合わせた喜びで、胸のざわつきなど忘れていた。
 
そのざわつきを思い出したのは、最後の最後である。
幹事長の締めの挨拶だ。
 
「四年間は想像以上にあっという間です。
卒業するときに良い大学生活だなって思えるように、何か熱中できることを見つけてみてください」
 
その言葉は、弓矢となって僕の胸に突き刺さった。
それと同時に、ざわつきの正体がわかった。
 
気づいてしまったのである。
この一年間の自分の情けなさに。
 
今まさに卒業を迎えようとしている後輩たちの顔は、輝いて見えた。
自分たちの大学四年間が素晴らしいものであったということを、一切疑っていない表情だった。
 
一年前を思い返してみると、当時の僕もそうだった。
最高の四年間だったと胸を張って卒業した。
 
一方で、今の僕はどうだ。
社会人になって迎えたこの一年が、良い一年だったと胸を張って言えるのだろうか?
 
首を縦に振るには、あまりに苦しかった。それなのに今まで僕は、薄々気づいていたその事実から目を逸らしていたのだ。
だけどもう、逃げられない。後輩幹事長の言葉がこの胸を深く刺した。
 
何が間違っていたのか。
帰りの電車で一人になってから、この一年間を振り返った。
 
「会社を大きくするために主体的に働きたい」という思いから、ベンチャー企業に入社した。
大手よりも裁量が大きく、若いうちからガンガン新しいことに挑戦できる華やかな社会人生活を思い浮かべていた。
 
だが実際は、違った。入社してから僕を待っていたのは、ひたすら電話をかけて新規の営業先を探す日々だった。繰り返されるだけの日々に僕の心はすり減っていった。
たとえ想像と異なっていたとしても、繰り返される業務にやりがいを見つけることができれば良かった。しかし僕にはそれができなかった。気づけば、与えられた業務をただこなすだけの自分がいた。そこに主体性などなかった。
学生の頃、うかない顔をして満員電車に乗って会社に向かうサラリーマンを見るたびに「絶対こうは成りたくない」と思っていた。それなのに気づけば、そこに向かって物凄い速度で堕ちている自分がいた。未来を想像するのが怖くなった。
 
一方で大学生の頃は、主体性を持って充実した毎日を過ごすことが出来ていた。
サークル員の仲を深めるためにイベントを主催したり、バイト先でも一緒に働くメンバーが楽になるようにと考えながら働いたりと、自分が「やりたい」、「やるべきだ」と思うことを進んで実行できていた。
確かな目標があって、そこに向かって進んでいる感覚があった。
 
「そうか。社会人一年目の自分は、目標を持てていなかったのか」
 
比べてみて、納得した。目標が定まっていなかったから、この一年間をどうしても肯定できないのだ。
当たり前のことだ。どちらが前か決まっていなければ、進んでいる感覚など得られるはずがない。
 
ならばこの一年間は、最悪の一年間だったのか。
いや。そう決めつけるには、まだ早いのではないか。
 
思えば、「最高の四年間だった」と言える大学生活も、良いことだけではなかった。
サークルでは、運営方針の違いから同期や先輩と揉めて嫌になったこともあった。バイトだって最初は目標などなく、なんとなく始めたものだった。だけどそのような日々を乗り越えて、次第に目指したいと思える方向を見つけることができた。そうして主体的に進むことができたから、悪い日々や失敗も引っくるめて「最高の四年間だった」と胸を張って言えるのだ。
 
そう考えると、この一年間が良かったのかどうかは、これからの自分次第で決まる。「あの苦しんだ一年があったからこそ、前に進むことができた」といつか言えればいい。
この一年間だって、良くなかっただけじゃない。悪いなりに浮上のきっかけを掴もうともがいてきた。そのひとつが、天狼院書店のライティング・ゼミに思い切って飛び込んだことである。
ライティング・ゼミに入って課題に取り組む中で、「人の心を動かせる文章が書きたい」という目指すべき方向が見えてきた。
 
目指すべき方向が決まったのなら、後はもう一心不乱に走るだけだ。後輩の言葉が胸に刺さったあの日の自分を救えるのは、これからの自分だけなのだから。
そう思えたとき、胸のざわめきは嘘のように消えていた。
 
早いもので再び桜の季節がやってくる。後輩たちは歩き出す。社会という新たなステージに。
僕も負けるものかと胸に刺さった弓矢を抜いて立ち上がる。いつか高く跳んで、「あの日々は助走だった」と言ってやる。その瞬間まで、僕は走り続ける。
 
「前向けたよ。ありがとう」
 
後輩に向けて、届くことのないお礼をそっとつぶやく。
その言葉をかき消すように吹いた春の風に、背中を押されたような気がした。

 
 
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2019-03-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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