映画『運び屋』は鏡だった
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記事:うえたゆみ(ライティング・ゼミ土曜コース)
「親父と映画『運び屋』に行け」
映画狂のMさんから、LINEでメッセージが送られてきた。
「ちょうど父さんが他県から大阪に帰ってきているけど、映画に行く時間があるかなぁ。明日夕方の電車で戻るって、聞いてるし」
「朝9時20分からやっている。上映は約2時間だから間に合うだろ、絶対に連れて行け、絶対に見せろ。クリント・イーストウッドは俺たちの世代の憧れだ。あのダメ親父にも響く」
なんだかよくわからないが、クリント・イーストウッド監督の作品は『ミリオンダラー・ベイビー』を観てボロ泣きして以来、大好きなので行くことにした。たとえ父がOKと言わなくても、一人で行こうと思った。
その日の晩、父を映画に誘ってみた。最初は乗り気ではなかったが、クリント・イーストウッド監督の名前を出した途端、行くと言い出した。Mさんの予感的中だ。さすが、誕生日1カ月違いの60代だ。
しかし、面白いものだ。Mさんはうちの父が大嫌いだ。職人タイプのMさんと、性格が高田順二の父との相性は最悪である。私が子供のころ、父のちゃらんぽらんで苦労したのを知っているので、今でも自由人なのが許せないらしい。なのに、父の思考は読める。私にはタイプが違う、似た者同士の同族嫌悪にしかみえない。
次の日、乗り気の父を連れて、映画館に向かった。待つことなく、すぐに劇場の座席に座れた。父のテンションが珍しく高い。
「お前と映画館に来るのは久しぶりだな」
「よく考えたら、前回は10年前だっけ。あの後、私が病気で倒れて、外出できなくなったから」
父といっしょに病院や役所、食事には行っていたが、レジャーを楽しむ機会は、最近なかった。少し反省した。
そんな会話をしているうちにブザーが鳴り、幕が上がった。
泣いた
ボロボロ泣いた
悲しい訳ではないのに、3分間、涙が止まらなかった。普段は顔と眼鏡の隙間にハンカチを入れてふき取るのだが、涙が止まらなくて、眼鏡を外さざるをえなかった。
なんで泣いているのか、自分でもわからない。ふと気になって、隣の父を見た。普段は軽いオーラの父が、神妙な顔をしている。こんな顔は、はじめて見た。
いつもは映画の素晴らしい点をしゃべりまくってしまうのだが、今回はなぜか言葉にならない。ただ「いい映画だった」としか言えなかった。
なぜ泣いてしまったのか?
その答えは、1週間後にわかった。
映画『運び屋』のメイキングと予告編をみた。そこで語られた「映画の娘役は、クリント・イーストウッド監督の実の娘だ」とのセリフに、頭をぶったたかれたような衝撃と、水に石が沈んでいくような感情を覚えた。
私は映画を通して、自分の過去を見ていたんだ
鏡に自分の顔を映すかのように
映画『運び屋』の主役である父親は不器用だ。世間での評価はいいのに、家族との仲は最悪だ。家族を大切に思っているのに、行動も態度もちぐはぐだった。
私の父と、とてもよく似ていた。
今でこそ仲良く映画に観に行く仲だが、私が中学生時代は冷戦状態だった。同じ家に住んでいるのに、1カ月に一度も会わない、なんてしょっちゅうだった。
映画『運び屋』の娘さんの叫びは、当時の私の叫びだった。
最後の涙の止まらなかったシーンは、私がしたいことだった。できなかった後悔と、まるで自分の夢がかなった光景、に涙が止まらなかったのだ。
この日から、父の様子が変わった。まめに電話をしてくるようになった。映画を勧めてくれたMさんの言っていた通り、父も考えるところがあったようだ。
Mさんに感謝の言葉と共に気づいたことを伝えた。「メイキング見るまで気づかなかったのか、にぶいな」と言われた。イラっとした。
なぜ、素直に感謝させてくれないのだろう。照れ隠しだとわかっていても、腹が立つ。映画の主人公と同じく、昭和の男は不器用だと確信した。
映画『運び屋』は想像以上に素晴らしい映画だった。映画で過去の傷がいやされるとは、思ってもみなかった。クリント・イーストウッド監督がますます好きになった。
家族と過去にもめた人、もやもやしたことがある人は、ぜひ見てほしい。人間の心は複雑だ。乗り越えたと思っていても、台所汚れのような痛みが、自分では見えない所にこびりついている。
映画『運び屋』は、こびりついた心汚れを優しく落としてくれる。しかも、元よりきれいにしてくれる。
それはあなたのこれからの人生を、より輝かしてくれるだろう。だって、過去の重荷がひとつおりるのだから……。
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