メディアグランプリ

机の中に、夕日をしまいこんだ日


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:小原正裕(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
夕方17時。
18時の定時まで、あと1時間。
時間は無いのに、仕事はたくさん残ってる。
昼間の会議で増えた仕事や、明日までに作成しないといけない資料。
今日は残業かな……
 
社会人になって早3年。怒られることは少なくなったものの、自分の不甲斐なさに情けなくなりながら過ごしているのは変わっていない。
もう少し、かっこいい大人になっているはずだったんだけどな。
 
忙しい毎日の中でも、とりわけ夕方は心の余裕がなくなりがちで、周囲のことなんて気にしてられなくなる。
だからこそ、それが耳に飛び込んできた時には、はっとさせられた。
17時になると決まって流れる「ふるさと」のメロディー。
この近辺でも、流れていたんだ。
この会社にいるのは昨日今日のことではないのに、今まで気づかなかったことにも驚く。
ふと窓の外を眺めたら、真っ赤な夕焼けが空を染め上げている。
「ふるさと」のメロディーとその夕焼けは、もう10年以上前の、久しく忘れていた光景を、僕の記憶から引っ張り出してきた。
 
東京で生まれ育った僕にとって、「田舎」と呼べる場所はない。
夏休み明けに友だちから聞く、田舎で山遊びや川遊びをした話に、よく羨ましさを感じたものだ。
ただ、両親ともに実家が都内だったから、頻繁に帰れたのは良かったのかもしれない。
とりわけ母方の祖父母は比較的若く、仕事が忙しかった両親に代わってよく面倒を見てくれた。
土曜日の朝イチに電車で行って1泊し、日曜の夜、晩御飯を食べてから祖父に車で送ってもらって帰る。
そんなことを月に2〜3回やっていた。どちらも都内だからこそできた頻度だったと思う。
都内とはいえ郊外にあった祖父母の家の周りでは、比較的都心部にあった自分の家とは、なんとなく雰囲気が違っていたのをよく覚えている。
たとえば、ご近所さんとの人付き合い。
家の周りでは、マンションの隣の部屋の住人ともほとんど言葉を交わさないのに、祖父母の家の近所ではやたら付き合いが濃いのだ。
祖母に連れられて祖母の友だちの家に行ったり、母もよく行っていたという、近所に住んでいた遠い親戚のおばあちゃんの家に遊びに行ったり。
自然も比較的豊かで、祖父と川の側でフリスビーを飛ばして遊んだりもした。
 
自分の家ではできないそんな体験の中でも、とりわけ好きだった時間がある。
「買い物」だ。
土曜日の夕方には、「おつかい行くよ」と声をかけられ、祖母に近所のスーパーやお肉屋さんに買い物に出かけた。
自転車を押して歩く祖母の後をついていきながら、何度となく耳にしたのは、ちょうどその時間に街で流れる「ふるさと」の曲。
歌詞やその意味を解説してくれた祖母は、時折口をつぐんで、遠くを見るような目をすることがあった。
自身の田舎や、子供の頃のことを思い出していたのかもしれない。
それは決まって、夕日がきれいな日だったような気がする。
 
頻繁に祖父母の家に行っていたのは、中学生くらいまでだったか。
中学生活も後半に差し掛かったあたりから、高校受験を意識しだすようになった。部活に加えて受験勉強も忙しくなり、だんだんと訪れる頻度が落ちていったのだ。遠のいた足が戻ることはなく、高校、大学と過ごして、社会人になってしまった。
社会人になってからは、数ヶ月に一回。年に2,3度行けば良い方。
家の近所でも「ふるさと」は流れていたが、いつの間にか夕焼けのことも、祖母と何度となく行った買い物のことも思い出さなくなっていった。
 
職場で「ふるさと」を聞いた日の帰り道。
あの頃に戻りたい、と強い衝動に駆られた。
もうあの夕日は見られないんだと思うと、どうしようもない淋しさに襲われる。
ドラえもんのように、机の中にタイムマシンがあれば。
あの時に戻って、祖母と一緒に夕日を眺めたい。
 
祖母がよく連れていってくれたお肉屋さんはもう無いし、時々買い物帰りに立ち寄った、祖母の友だちの家は駐車場になった。
そして何より、祖母はもういない。
 
泣きそうになりながら祖母に思いを馳せるうちに、祖母だったらどう言うだろうと思った。
いつでも明るく前向きだった祖母だったら、過去を振り返るよりも前を向いて歩くように言うだろう。
 
どんなに願っても、あの頃に戻ることはもうできない。
自分にできるのは、これからの人生を精一杯楽しむことだけ。
懐かしい気持ちも、あの日の夕日を見るためのタイムマシンも、机の中にしまい込んでおこう。
机の中のタイムマシンを望むよりも、まだ見ぬ未来にワクワクしながら生きていこう。
 
何十年か先に再会した時、人生を楽しみ尽くしたことを、祖母にも笑って報告できるように。
 
 
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2019-03-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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