メディアグランプリ

無駄こそ人生の楽しみだ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:山本ヒロミ(ライティング・ゼミ日曜コース)

「あー美味しかったぁ。ごちそうさま」
経理のスズキさんは外で買ってきたおにぎりや総菜を食べ終わると同時に、経理用のガチャガチャと音のする印字の出来る大きな計算機を叩く。
さっきの満足そうな声とは真逆の声色で
「あーあ、お昼に430円も使っちゃたわ」

かれこれ25年くらい前の話である。
経理のスズキさんは当時45歳を少し超えていたと思う。
独身で親と同居していた彼女はほぼ毎日、当時70代の母親の作る弁当を持参していたが、ごくたまに弁当が無い時はコンビニでお昼を調達していた。

当時20代の私は、彼女の「ごちそうさま」の直後に続く昼代の報告を聞くたび寒い気持ちになっていた。私は彼女がお金の話をするのが大嫌いだったのだ。
スズキさんは経理だけあって、お金には細かい。いや、細かいよりもウルさいというか、ケチである。その後の人生で出会った誰よりも彼女はケチだった。

文具や備品を買うときはいつも
「最低のを買ってきて」
という。それはすなわち一番安いものの事なのだが、彼女はいつも
「サイテーのね」という。

彼女はいつも新しいものをお披露目する時は、細い目をさらに細めて嬉しそうに
「これいくらだと思う?」と必ず聞いてくる。
絶対安いに決まっているが、安いものをさらに安く言ってしまっては彼女を傷つけることはわかっているからちょっと高めに答えると、
「これね、1000円なのよ。サイテーの金額の割に見えないわよね」
とビニール製のバックを広げて見せた。

彼女は衣食住すべてにおいて徹底したケチぶりを恥ずかしげもなく披露する。

「今日は帰りにマックによらなきゃ!今日からハンバーガーが100円よ」
「珍しいですね。マックで一人ご飯ですか?」
「違うわよ。100円になったら沢山買って帰るのよ。そしてね、まとめて冷凍するの。チンすれば出来立てよ!」
製造後30分で廃棄するマクドナルドが聞いたら驚くような食べ方をしていた。

徹底したケチぶりで周囲を驚かしていたスズキさんだが、一つ見習ったことはある。
それは彼女の蓄財術だ。

お金を貯めるには沢山稼いで使わなければいいのである。彼女は事務職でなまった身体を動かすために夜は皿洗いのバイトをし、誕生日のプレゼントには欲しいものはないからと、g単位の金地銀(金の板)を親からもらっていた。貯めたお金は少しでも金利の良い証券会社に月単位で預けてさらに増やしていた。

当時新婚だった私は早く家を買う頭金を貯めたかった。彼女に証券会社を紹介してもらい、出来る範囲のケチを見習ってみると思った以上に貯金が増えた。ちょっと面倒でも毎食お弁当を作り、食材も工夫すれば食費はかなり浮く。ケチと言うとみじめな感じもするが、ケチをエコに変えるとちょっとおしゃれになる。無駄を省いてお金が貯まって地球にやさしいエコなら気分はいい。

だが、どうしても見習えないものがあった。
それは「サイテー」のものに囲まれる生活だ。
当時増えてきた100均で買った台所用品は安っぽく、使っていてもしっくりこないし、安いビニール製の靴なんて足になじむ前に履きたくなくなるし、服や家具などある程度の手の届く贅沢がないと生活が楽しくないのだ。

改めて考えてみると、私がスズキさんのケチに嫌悪感を募らせたのは、彼女はお金を貯めることが人生の目的で、その金で何かをしたいということが無かったからかもしれない。
あえて言えば、当時はまだ金利が今ほど低くなかったので彼女は
「早くお金を貯めて金利だけで生活したい」
と言っていたのを思い出す。

お金を貯めることだけが目標になると、ケチは一生続いてしまう。
「サイテー」に囲まれることは無駄や贅沢は許されないのだ。

無駄や贅沢という言葉はケチ(エコ)から見ると地球にやさしくない言葉になるのだろうが、この無駄や贅沢を楽しむ心が人を豊かにしたことは確かだ。
絵画や宝飾、アートや本や演劇は人間だけが楽しめる、無駄と贅沢の塊ではないか。

無駄と贅沢には金がかかる。
人はそれぞれその人の手の届く贅沢の範囲で人生を楽しんでいる。
私にはエルメスのケリーバックをいくつもクローゼットにコレクションしてフェラーリでドライブをする贅沢は望めないが、室温設定がちょっと低い暖房のきいた居間で暖かい紅茶をすすりながら、あえてゴディバのチョコを食べる贅沢なら手が届く。

私は賢く無駄を楽しむ人生を選びたい。

全く無駄が無いと思っていたスズキさんにも実は一つだけ無駄があった。
それは私から見たら全くの無駄に感じたのだが、彼女にとってはそれは夢でもあった。
スズキさんは毎年必ずサマージャンボと年末ジャンボ、月に一度はスクラッチを買っていたのだ。

スズキさんとは年に1度の年賀状の交換でしか近況を知らせあえない間柄になってしまったが、宝くじが当たったという知らせはない。

彼女の夢が無駄に終わらないことを祈りたい。

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2019-03-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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