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メディアグランプリ

「私は“文章”になる」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:蘆田真琴(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
着付け教室の帰りのことだった。ふと覗いた他の講座の紹介が目に入った。
 
そこには“身体を動かす朗読”とあった。
 
元より学生時代、朗読やストーリーテリングのサークルに少しばかり身を置いていた者としては気になるのも必然だった。
 
「朗読なのに身体を動かすとは?」
 
そんな疑問と、書かれていた持ち物の“足袋”という、そこにもどことなく面白さを感じ「やってみるか!」とそのまま受け付けに駆け込み、講座の申し込みをしてしまった。
 
受講当日、他にどんな年齢層が来るのかとドキドキしながら会場で待っていると、意外と私より年長の方も多く受講していた。普段こういった講座に参加すると、大体最年長になりがちなので、少し安心した。
 
が、安心してはいられないことを、その数十分後に私は知ることになった。
 
なぜなら、受講者の半分以上が「講師と既に何らかの活動で面識がある」「現在朗読サークルに参加している」といった具合で、私のように“昔取った杵柄”で参加している人たちではなかったのである。
 
(面白そう! だけで参加してすんませんでしたっ!)
 
心の中で謝罪と後悔を交互に並べながら、私は講座の席に着いた。
 
座学は、朗読のノウハウ、というよりは演劇論に近い雰囲気だった。特に、言葉と身体の動きの情報を同時に扱う舞台芸術と、文章と音声で情報を伝える朗読、文章を黙読する事との違いについては、文章を書く身としては興味深いものだった。
 
実際、座学の後で朗読劇のようなスタイルで実習を行った時に、そのことについて強く意識することになった。
 
実習はまず、役を振らず順番に課題の小説を音読し、漢字の読みやストーリーの流れをチェックする“本読み”から入った。
 
その後2組に分かれ、更にモーション的な演技をする「ムーバー」と、台詞や地の文を読む「スピーカー」と役を振り、演出や舞台設定を詰めて、通し稽古をひと通り行い、その後で披露するというものだった。
 
経験が浅いことに若干の引け目のようなものを感じていた私は、役割分担で、遠慮の塊「どうぞどうぞ精神」を発動し、様子を見て余った役をやろうと目論んでいた。
 
他の人は現役で朗読をやっている人たちや、劇の演出をやっている人だから、きっと積極的に配分の多いところに入ってくれるだろうと思ったのだ。
 
ところが予想に反し、とんでもないことになってしまった。
 
「さっきの本読みの時の声が良かったから、地の文のスピーカーは彼女がいいわ」
 
グループの一人が私の方を見てそう言い出し、それに他の人も納得したのか異論も出なかった。
 
つまるところ真っ先に、グループいちの素人が、一番配分の多い「地の文」のスピーカーに推挙されてしまったのである。
 
私はムーバーが舞台設定や演出の打ち合わせをしている間に、先の座学の内容を思い返していた。
 
文章は、平明に書かれていれば作品の情報は手に入る。
 
朗読では、読み手が登場や挙動により、自身の情報を無意識に発信しており、その情報が作品本体の情報を伝わりにくくすることも起こりうる。
 
見ている人、聞いている人に、いかに余計な“読み手である私”のキャラクター情報を与えずに、物語に没入してもらうか……
 
そして、見ている人の「情報の取捨選択の負担」をどれだけ減らすか……
 
ならば自分を空っぽにして、そこに“声を出して情報を伝える自分”だけを入れよう。
 
つまり私は声を使って「文章」になるのだ。
 
そう決めた。
 
時間の都合上、リハーサルも一度きり。それも終え、先にリハーサルを済ませたもう一方の座組の朗読劇を見た。
 
流石に、朗読サークルで活動をされているだけあって“地の文”役の人は静かな中にも、僅かに温かみのある読み方をされていた。その方は講座内で明るく発言されていた方だったが、それを抑えて滑舌良く一音を丁寧に伝えようとしている様子がわかった。
 
こういう感想を抱く時点で、人が「読んで聞かせてくれる」文章の情報量というのは意外に大きいな、と思った。
 
拍手を送りながら、私は話の筋をもう一度頭の中で復習していた。
 
作品の舞台は昭和初期。時代の流れとしては、どこか暗い雰囲気で、話自体も明るくはない。文章が書かれた時代や著者のことを思うと、先の読み手より温度を下げ、されど機械的ではない文章として居た方がいいな、と考えた。
 
読みも一音をはっきりと出して、極力、平明な文章になりきろうと思った。
 
登場して座ると、座るときにどうしても「照れ」や座るときの「クセ」が出てしまうので、その要素も排除しようと思い、立ったままで読むことにした。
 
読んでいる間も、演者であるムーバーの動きを見ながら、その動きに感情を乗せられないように気をつけた。
 
文章になりきるのはなかなか大変だった。特に平明であろうとすればするほど自分を無くさない程度に削ぎ落とさなければならないことを、身を以て体験した。
 
朗読劇を通し“文章を演じ”てみて、改めて「文章を書いて伝えること」の難しさと楽しさ、伝える情報にどこまで寄り添い、どう表現するかのさじ加減について考える機会を得られて良かったと思った。
 
拙かったとは思うが、あの時間、私は確かに文章になったと信じている。
 
 
 
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2019-04-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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