平成生まれが負の遺産へ行く理由
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:篠田 真由美(ライティング・ゼミ特講)
「旅行をする時に、何かマイルールはありますか?」
こう質問された時に、あなたは何と答えるだろう。
同じポーズで写真撮影をする。
スタバの地域限定マグカップを買う。
たいしてこだわりの無い私にも、ひとつだけ自分に課したルールがある。
「海外旅行をする時は、負の遺産へ行く」
こんなことを言うと「若いのに珍しいね」と周りから驚かれる。
正直、怪しいマイルールだと自分でも思う。
戦後生まれの私たちにとって、
おいしいご飯をお腹いっぱい食べること。
温かい布団の中で眠りにつくこと。
これらのことは全部、どこにでもある日常のように感じられるだろう。
でも、本当はそうじゃない。
平和と戦争は、空高く舞い上がったコインのようなものだから。
2012年4月30日。
大学3年だった私は、GWの連休を利用して、兄とベトナムのホーチミン市を観光していた。
ホーチミン市のメインストリートであるドンコイ通りには、
ファッションブランド店や、おしゃれなカフェが立ち並び、中心部のエリアはどこも工事中で、バブル真っ盛りという雰囲気だった。
路地裏に入ると、朝からベトナムの定番料理であるフォーの屋台が出ている。
鶏肉の食欲をそそる匂いと、ライムの酸味が入り混じって鼻へ抜ける。
いかにも常連客らしい人が、無造作に並べられたイスに座り込み、店主とおしゃべりをしながら長居をしていた。
4月のホーチミン市は、日中の気温が30度を超える。
歩くだけで半袖のTシャツがべっとりと汗で張り付く。
私たちは汗を拭いながら、一通りの観光地を巡った後に、
『ベトナム戦争証跡博物館』へと向かった。
ベトナム戦争証跡博物館は、ベトナム戦争に関する写真や資料が展示されている。
ホーチミン市にある歴史建造物のほとんどが中心部に密集しており、戦争証跡博物館もそのひとつだった。
博物館を訪れた理由は、兄の要望だった。
「海外旅行をする時は、負の遺産へ行く」
という怪しいマイルールを課すまで、私は広島県の平和記念公園を訪れたことすらなかった。
私は今回のベトナム旅行で、
おいしい料理を食べて、かわいいお土産を買って、楽しい旅行になればそれでいい。
そう思っていた。
博物館の入口に到着し、入場料を支払って敷地に入ると、屋外に置かれた戦車や戦闘機が目に入ってきた。物珍しさにはしゃぐ兄の横で、私も夢中になって戦車の写真を撮った。
しかし博物館の建物内に入ると先ほどの空気とは一変し、ぞっと寒気に襲われた。
そこにはベトナム戦争で傷めつけられた市民や兵士の写真が並んでいる。
目を覆いたくなるような写真ばかりで、私はそれらを見ているだけで精一杯だった。
展示を順に見ていると、壁一面に展示されている大きなパネルが目に入った。
アメリカ軍が上空から散布した枯葉剤の被害を撮影したもので、枯れ果てたマングローブの森の中に一人の少年が立っている。
その後、少年は枯葉剤の後遺症に苦しめられ、37歳という若さで亡くなったそうだ。
怖い。
早くここから逃げだしたい。
でもなぜか、目を背けてはいけない気がした。
博物館内は写真撮影可能ということだったが、私も兄も、建物内では写真を一枚も撮ることはなく博物館を後にした。
とぼとぼと大通りを歩いていると、街中から流れる陽気な音楽が聞こえてきた。
ホーチミン市街地は活気に溢れ、大通りにはファーストフード店が立ち並び、カップルが楽しそうに話しながら歩いてゆく。
ベトナム戦争が終結したのは1975年。
終戦からわずか37年しか経っていないということが、にわかに信じがたかった。
その日の夜、サイゴン川の方向から何かが破裂したような大きな音が聞こえた。
今日はベトナムの祝日で、お祭りが開催されることを旅行雑誌で事前に情報を得ていた。
私たちが宿泊しているホテルからそう遠くないが、ここからでは高層ビルがじゃまをしてよく見えない。
ドンコイ通りの横断歩道を通り抜け、ごった返すバイクを必死でかわしながら、私は兄と共にサイゴン川沿いのメリン広場に向かって走った。
息を切らしながらメリン広場に到着すると、
広場を埋め尽くす大勢の人々が、大きな歓声を上げていた。
じめじめした空気と、排気ガスで少しグレーがかった空に、あざやかな花火が次々と打ち上げられた。
空へまっすぐ伸びる火花が弾けては空に消えてゆく。
4月30日。『南部ベトナム解放記念日』
南北ベトナムが統一し、ベトナム戦争が終結した日だ。
不思議な心地だった。
ベトナム戦争証跡博物館で見た、
爆弾を恐れ、枯葉剤から逃げていた空とは違う。
私たちはこうやって、国籍も、男女も、若者も老人も関係なく同じ空を見上げているのだ。
きっと平和と戦争は重なり合ってできている。
それは空高く舞い上がったコインみたいに。
私たちが、自分の利益ばかりを優先して、他人のものを奪い合えば、たちまちコインはひっくり返るだろう。
ベトナム戦争証跡博物館を訪れていなかったら、きっと私はこのことに気づけなかった。
もし平和が表で、戦争が裏だとしたら、
私たちが生きている今は、表なのだろうか?
でも、こうやって同じ空を見上げているこの瞬間が、もし平和と言えるのなら、
どれほど素晴らしいことだろう。
私たちは燃やさなければいけない。命を。
そして学ばなければならない。
これから先の未来を、
たくましく生きるために。
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