学び直しは歴史小説の読み返しに似ている
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記事:東浩司(ライティング・ゼミ平日コース)
一年前の4月、大学院に入学した。40代後半になってからの手習いである。
学び直しがとても楽しい。どういう楽しさかというと、歴史小説を大人になって読み返すときの楽しさに似ている。
例えば、司馬遼太郎の『項羽と劉邦』。高校生のときに初めて読み、紀元前の遥か昔に、中国大陸で覇権を争った歴史のスケールの大きさに圧倒された。戦の場面になると血が沸く思いがして、寝食を忘れて読みふけった。
とりわけ、群雄割拠の時代に活躍する英雄たちの人物像が抜群に魅力的だった。主人公である項羽の戦闘力や劉邦の人間的魅力もさることながら、韓信や張良など参謀役の個性が魅惑的に描かれていた。
司馬遼太郎の歴史小説から、人としてのあり方を学んだ。例えば「韓信の股くぐり」の史説から、才能のある人物がどのように振る舞うべきかを理解した。秦の始皇帝の強欲さから、人間がもつ業の深さというものを知った。
司馬遼太郎の小説を学生時代の若いときに読むと、歴史の世界に没頭できる感動がある。一方、ある程度の社会経験を積んでから読むと、没頭とは又ちがった楽しみ方がある。
つまり、社会人になってから歴史小説を読み直すと、深読みができる。学生の頃にはない視点で世界を眺めることができる。自分の経験に照らし合わせながら、登場人物の心境に思いを馳せる。韓信の股くぐりの例でいえば、「今の自分は韓信と同じことができるだろうか?!」と自問しながら読む。
そうした歴史小説の味わい方と、社会人になってからの学び直しが似ていると感じる。
10代や20代前半の学生は、新たな知識を得て自分の可能性が広がると実感したときに、学ぶことの楽しさを感じるのだと思う。一方、社会人は学ぶことで自分の知識を再整理し、自身の経験に意味づけを行なう作業に醍醐味がある。
私が専攻しているのは、社会デザインという学問的には比較的新しい分野である。自分自身、これまで地元の市民活動を支援する仕事や、NPOで社会課題について考えを広める活動をしてきた。
そうして実業で行なってきた経験が、学問的理論と結びつくことで整理される。「自分のやってきたことは、すでに社会デザインの理論で説明がされているのだな」といった発見が、大学院の授業のなかで次々と起きる。
勉強する楽しさを何より感じるのは、これまでと違う見方がもてるようになることだ。これまでとは違った視点で世の中について考える。それが面白いと感じる。
大学院の授業は、先生の講義が自分の知識の二歩先、三歩先の追いつけないレベルにあるのが清々しい。司馬遼太郎のような文章は自分にはとても書けない、と思わされるのと同様。技量の大きな師から学べるのはワクワクする。
20数年前を振り返って、現役の大学生だったときは勉強しなかった。ちょうどバブル経済の時期で、大学はパラダイスと言われていた。OBの先輩たちから、「今しか遊べないんだから、学生のうちにしっかり遊んでおけ!」と言われていた。それを真に受けて、遊び呆けていた。
私の友人で、「学生時代にもっと勉強しておけばよかった!」とよく言う人がいる。社会に出てから必要な知識が多いと感じ、大学で勉強しなかったことを悔いる気持ちでそうした発言がでるのだと思われる。
私の場合は、学生時代にそうした過ごし方だったことに、後悔はない。大学で教わった内容が社会に出てから役に立ったとは思ったものはほとんどなかった。大学の勉強と実業は、全くの別物と感じている。机上の勉強よりも実業の方がリアルな学びが得られ、意義があると思っていた。
それが、どうしたことか、大学院で勉強してみたい気持ちになった。学問を究めたい、専門性を高めたいとか、そうした高尚な動機ではない。今後の仕事につながればという気持ちもなくはないが、それは直接の理由ではない。
大学院に通おうと思ったのは、日々の生活で時間の余裕ができたのが大きかった。私には子どもが二人おり、末っ子が昨年、小学生になった。十年つづいた保育園の朝夕の送迎タスクがなくなり、1日のタイムスケジュールに余裕ができた。
仕事も、ひと区切りがついたタイミングだった。一昨年まで務めていた市役所の勤務が終わり、フリーランスの仕事になった。自分のペースで働けるようになり、本腰をいれて勉強する時間を確保できるようになった。
心機一転を図りたい時機だった。何か新しいことをしてみたくなった。そこで、学び直しという選択が浮かび上がった。
学部生も混じった授業で、「勉強が楽しいです」と20歳前後の学生が言った。そのとき、私は思わず口にした。「社会人になってからの勉強は、もっと楽しいよ」。
司馬遼太郎の小説は、若い時に読んでも楽しめる。でも、人生経験を経てから読み直すと、味わいがさらに増す。社会人になってからの学び直しも、それに似ている。
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