わたし、元AIだったんです。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:寺崎麻結(ライティング・ゼミ平日コース)
「こんなこと言っても、今更仕方ないですけど、
あなただって、全然人の話を聞いていないですよ。
嫌味ですか?」
な、わけがない。
話を聞いていなかったのは、認めよう。
いちいち人のプロフィールなんて、全部覚えていられない。
言われてみれば、初めて話したときにそんなことを言っていたような気がする。
だが、だからこそ、相当な興味がないと覚えているわけがない。
完全に失念していた。
確かに失礼だったことは認めるが、
最後の「嫌味ですか?」
は、逆に嫌味である。
たまに、立ち飲み屋に行くことがある。
忙しくてパンパンなときに、
ほんの少しの息抜きと、おいしいご飯を食べるのが目的だ。
いつも行くところは、たいてい決まっている。
女性ひとりで行っても、快適で過ごせる場所。
常連まではいかないが、顔を覚えてくれていて、
2、3言会話ができるのが理想だ。
あたたかく迎えてくれている気がするからだ。
幸い、わたしにも、そういう場所がある。
立ち飲み屋というのは不思議なもので、
自然と隣の人と会話が弾む。
中には知った顔もあり、
いつも何気なく会話する。
意味のないものがほとんどだ。
主にお酒や食べ物の話、
明日になったら、
何を話していたかなんて覚えている必要がないのだ。
それが、かえって、心地よかったりする。
その日も、わたしは、そう思っていた。
のんべえが集まっていることもあり、
界隈のほかの店や、
ほかのエリアの話、
常連客でバーベキューに行こうなんて話も出ないわけではない。
それはそれで楽しそうだ。
常連さんに野球好きの人がいた。
小さい頃は、よく父に野球観戦に連れて行ってもらったものだが、
大人になってからは、一度も行っていない。
ビールを飲みながら野球だなんて、初めて!
と思い、誘われるままに、何人かで行くことになった。
みんなでグループLINEをつくり、
実際に日程も決まり、
行くことになった。
昼間のうちから今日は飲むぞ~!
という気分で、万全に準備していたつもりだが、
明るいうちから飲むビールは、
酔っぱらうのが、ひどく早かった。
久々のゲームに感動しながらも、
もともと、そんなにアルコールに強くないわたしは、
正気を保つのに必死だった。
何回トイレに行ったことか……。
そして、さらに、はしごをして、
いつもの立ち飲み屋へ。
ゲームも、みんなで酔っぱらうのも、
本当に楽しかった。
このイベントが終われば、
いつものここでしか会わない知り合いに戻る。
それだけのことだと思っていた。
そう思いながら、千鳥足で帰路についた。
後日、一緒に野球に行ったうちのひとりから、
連絡が来た。
意味のないLINEだ。
一緒に酔っぱらうのは楽しかったが、
名前とどんな業種の仕事をしているのか、
それくらいしか覚えていなかった。
何もこの人に限ったことではなく、
全員、ほぼその程度にしか、
情報がなかった。
しばらく、意味のないLINEが続いた。
が、微妙に噛み合わないのだ。
明らかにではなく「微妙に」。
お互いが、やり過ごせば、
なんとなく続いてしまう程度の噛み合わなさ。
偽善的だ、と言われればそれまでだが、
なんとなく寂しかったわたしは、LINEを続けてしまった。
で、とうとう具体的な話をされてしまった。
「この先どうしたいですか?」
と。
「え?」
と正直思った。
「この状況で?」
確かに、返信していたわたしも悪い。
でも、この微妙に噛み合っていない状況を継続することはできても、
付き合うだとか、好きだとか、そういった感情は生まれてこない。
おそるおそる返信してみた。
「合わないんじゃないかな~と思うんですよね?」
とだけ伝えたかったが、口を濁した表現になってしまった。
「なんていうか、こういった会話のずれみたいのも楽しいなって思っているんですよ。
でも、不利益だなと思ってるんなら、もうやめましょうか」
と来た。
ラッキー! と心の中で、
思ってしまった。
「不利益というわけではないですけど、
いろんな考えの方がいるんだな、って勉強になりました。
ありがとうございました。」
と、返事をすることにした。
合わないなって、わたしが感じてることが伝わればいいし、
また、ばったりあの立ち飲み屋で会っても、
気まずくはならないだろう、
そう思って、返信をした。
これで、スッキリした、と思ったと同時に、
なんとなく、暇つぶしのように返信していたことを申し訳なく感じた。
LINEの通知音が鳴った。
「こんなこと言っても、今更仕方ないですけど、
あなただって、全然人の話を聞いていないですよ。
嫌味ですか?」
嫌味ですか……。
嫌味ですか……。
嫌味ですか!?
正直、驚いた。
快く「やめましょうか?」と言ってくれたことに、
感謝し、褒めたつもりだったのに……。
わたしが悪いのだろうか。
いや、悪いんだな、この人の中では。
わたしは、返信はせず、
トークルームを削除した。
もっと早く、こうすればよかったのかもしれない。
この人の時間と、自分の時間、
ごめんなさい。
確かに、続けていたってどうにでもなるもんじゃない。
「わたし、AIをやっていたのか……。」
部屋の白い空間に向かって、
ぼんやりと空を見つめながら気づいた。
ただ、質問にだけ答えて、
会話を広げようとすら、
相手を知ろうとすらしていなかったんだな、と気づく。
時間を、ただやり過ごすために、
LINEをして、それを何度も繰り返したとしても、
何か望んでいるものすらない。
とんでもなく失礼だったな、と気づく。
相手に対しても、自分自身に対しても。
なんだか、
言われた言葉より、
自分自身が、虚しくなる。
何にも期待していない、誰にも期待していない。
そして、自分にさえ。
もう、金輪際、AIになるのはやめよう、と思った。
やっぱり、
「ありがとうございました」
って言っておいてよかったな。
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