美術ノート: 工芸品、どういう風に見てますか?
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:吉田 健介(ライティング・ゼミ日曜コース)
よく使うコーヒーカップは、骨董市で手に入れたものだ。大きさと、レトロちっくな色合いが気に入っている。500円もしなかった。
毎年夏の京都で行われる陶器まつりでは、陶器の黒いビールグラスを1000円で購入した。手に持ったときのおさまり具合が調度良い。
モロゾフのプリンが入っていた瓶には、小さな植物を入れている。
ある日を境に、コップや瓶といった工芸品に僕は魅了されている。
有名な作家が作った高価なものではないが、日々の生活に小さな彩りを与えてくれている。
気にも留めていなかったものにスポットが当たる瞬間は、何というか少しワクワクする。ライティング・ゼミの題材を集めるために、ネタのチャンネルをはるように、また春の光を浴びた桜を見たときに、写真で撮ったらどう写るか気にするように、お気に入りの工芸品を使うことは、日々の生活に豊かさを与えてくれる。
「使いたいと思うかかな」
学生のとき、先輩と一緒にとある展覧会にやってきていた。
美術大学で洋画を専攻していた僕は、絵画や彫刻の作品を熱心に見ていた。
その中で陶芸のコーナーがあった。
正直、陶芸作品は、どう見てよいのか切り口が分からず、展示されている作品はいつもスルーしていた。ピンとこなかったのだ。
一緒にいた先輩は工芸を専攻していた。
だから話のネタ程度に僕は尋ねた。
「どういう風に見ているのですか?」と。
その先輩は、ガラス越しに並ぶ器や壺を見たまま言った。
「使いたいと思うかかな」
ごく自然に、僕の方を見ることなく答えた。
毎日のようにデッサンに明け暮れる僕にとって、その言葉は妙に心に残った。
「使う」という視点で、物づくりを考えたことがなかったからだ。
糸に吊るされた折り紙の鶴のように、ふわふわと心の中を漂い続けた。
ただ、不思議と違和感はなかった。
手付かずの所にはめ込まれたパズルのように、スッと気持ち良く納得できた。
それ以降、展覧会で陶芸作品を見ると、今までとは違った視点で鑑賞している自分がいた。
「これ触ってみたいな……」
「この器にほうれん草のおひたしを盛り付けたらどうなるかな……」
そんなことを考えるようになった。
同時に、店頭や展示会で並べられている陶芸品に興味を持つようになっていた。
手に取って、重さや肌触り、手のおさまり具合など、何かを確かめるかのように鑑賞するようになった。
ごく自然なことなのかもしれない。
コップは水やお茶を飲むための容器であり、皿は料理を盛り付ける器であり、花瓶は花をいけるための物なのだ。それぞれが生活に密接しており、使うための道具として作られている。気にも留めていなかった物でも、新しく買ったカメラのように、持った瞬間使いたくなるものなのだ。工芸品とは、そういうものなのかもしれない。
絵画や彫刻のように、飾って鑑賞するのとは違い、使うことで本領を発揮する。
新しい発見だった。
ルーシー・リーという作家をご存知だろうか。
19世紀後半に、イギリスで活動していた陶芸家である。
彼女の作り出す器は、何というか、見ていて楽しい。
目で形を触ってみる。上から下にかけて。
すると、器の持つ形や、施された模様が、心地よいのだ。
手触りや抵抗感が気持ち良いのだ。
まるで、きれいな彫刻作品を見ているような気分。かといって、工芸品からははみ出しておらず、程よい距離感を保っているのだ。
だから、手に取ってみたくなる。
「こんな器が食器棚に並んでいたら素敵だろうな」
「食卓はどんな風景になるのだろうか」
つい想像してしまう。
残念ながら、彼女の作品を直接触ることはできないが、一度、目で味わってほしい。
陶芸というものが、ここまで身近に感じるとは思いもしなかった。
展覧会場では、作品として並べられており、その下にはタイトルも付いている。ガラス越しに並ぶ様々な大きさの器は、より作品としての空気感を放ってくる。
舞台の上に立つ俳優のように、自分とは違う世界のものであり、大きな距離感を感じてしまうのかもしれない。
分かる人には分かる、という一種の諦めのようなものを感じてしまうのだろう。少なくとも、かつての僕はそうであった。
「使いたいと思うかかな」
この一言で、陶芸品との距離感はグッと縮まり、勝手に壁にしていたガラスもサッと消えていった。
モロゾフのプリンは、小さなガラス瓶の中に入っている。
プリンの味もさることながら、瓶は下部が膨らんだ形をしており、見た瞬間
「何かに使えないかなぁ……」
と思ってしまう。
そのガラス瓶には現在、エアプランツが入っている。
土を必要とせず、空気中の水分から育つエアプランツ。
個性的な形をしており、プリンが入っていた瓶とマッチする。
今は台所の窓に小さく置かれている。
そこに朝の日が差し込む瞬間は、細やかながら、味わい深いものがある。
有名な作家が作ったものでなくても、高価なものでなくても、陶芸品はいろんな所で目にすることができる。
気になった物があれば、一度手にとってみるといい。思いもかけない出会いがあるかもしれないから。
一度、「あなたのお気に入りは」と題して、工芸品の見せ合いでもしたいものだ。
どこに惹かれたのか、手に入れた経緯など、豊かな話が聞ける気がする。
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