メディアグランプリ

心の中で生きているということ


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記事:奥野舞(ライティング・ゼミ土曜コース)
 
年が明けてしばらくした頃、ポストに寒中見舞いらしきハガキが届いていた。
差出人に見覚えはないが間違いなく私宛の郵便物。なんとなく不安な予感がした。
 
ハガキの裏を見ると美しい文字がびっしりと並んでいた。
拝啓から始まる文章にこちらもかしこまって一文字一文字を読んでいった。
そのハガキは私の友人Kちゃんのお姉さんが書いたものだとわかった。
そして、Kちゃんは2年前に他界し、ようやく家族の気持ちの整理がついたので連絡することができたと書かれていた。
今年も妹のKからの年賀状が届かず不思議に思ったのではないか、と私の心を言い当てたことも書かれていた。
私は一瞬何がなんだかわからず夢を見ているのかと思った。
突然知らない人からハガキが届いて友人が亡くなったと書いているのだ。
そして、何度も何度もそのハガキを読み返した。
ハガキの隅っこにKちゃんのお母さんの名前と電話番号が書かれている。
私は「詳しいことが聞きたければ電話をしてもいい」という意味ではないかと勝手な解釈をしてすぐに電話をかけた。
後でわかるのだがその解釈は決して間違いではなかった。
 
私とKちゃんは大学時代のサークルの先輩と後輩。後輩のKちゃんは一浪していたから実際には私と同い年。誕生日が近く好きなものや趣味が似ていてすぐに意気投合し、仲良くなった。そしてお互いが卒業してからも交友関係が続いていた。
Kちゃんが九州の実家に帰ってからは私の住む関西とで頻繁に手紙をやりとりするようになった。
当時は今のようにラインもなく、Kちゃんは携帯が嫌いでまだ持っていなかったのでメールで連絡することもなかった。
そして元々私たちは手紙が大好きだったので、お互いの近況を手紙でやりとりすることを本当に楽しんでいた。
そういえばこんなこともあった。私が手紙を投函した翌日にKちゃんから手紙が届いたのだ。返事にしては早すぎると思ったら同時期に手紙を出していたようでそのタイミングに二人で笑いあった。もちろんその次の手紙の中での笑いあいである。
頻繁に会うことはないけれど手紙を通じてお互いの近況を知り元気にしていると思っていた。
Kちゃんの手紙にはいつも自分のことがたくさん書かれていた。こんな映画を見た、今こんな音楽を聞いている、こんなお店に行った、仕事でこんなことをしている。自慢でもなんでもなくそれらは私をわくわくさせ、元気にさせてくれた。送られてくる便箋や封筒、切手のセンスもよくて私はKちゃんの手紙からたくさんの刺激と影響を受けていた。こんな風に手紙で人を楽しませることができると知ったのもKちゃんのおかげだ。
あるときそんなKちゃんからの手紙が届かなくなった。
たまに手紙を送っても何の返事もなく、そういえば年賀状もこなくなった。私はKちゃんのことだから急に海外にでも行ったのかもしれない、便りの無いのは良い便りなどと考えていた。もともと電話で長話をするような仲ではなかったから電話をかけるという選択もしなかった。そして、ちょうど私も子どもが産まれ、慣れない育児で忙しく生活が変化していた時期だった。
私からは年賀状だけは欠かさず送っていた。しばらく連絡のないKちゃんだからきっと突然手紙が届いたならあっと驚く近況が綴られていることを期待していた。
 
そして、しばらく音信不通だったKちゃんが亡くなったと知らせるハガキが届いた。
いったい何があったのか、連絡の途絶えたこの2年近くなぜ私は何もしなかったのか。
さまざまなことを考えていた。
電話の呼び出し音を聞きながら私は震えていた。
「はい、もしもし」
その声を聞いて私は驚いた! Kちゃんの声にそっくりだったからだ。
実際にはそれはKちゃんのお姉さんだったが私は亡くなったはずの人の声を聞いたようで不思議だった。
そして、その時Kちゃんとの会話や思い出が鮮明に蘇ってきた。
ハガキを受け取ったことを伝え、お母さんの名前と電話番号が書いてあったので電話をしたことを伝えた。
お母さんはとても喜んでくださりKちゃんのいろいろな話をしてくれた。
生前、Kちゃんから私のことも聞いていたようで
「あぁ、あの人ですね。娘のことを憶えていてくださってありがとうございます」とお礼を言われた。
私はKちゃんからの手紙にいつも刺激を受けていたことを伝え感謝し、しばらく連絡をしなかったことを詫びた。
Kちゃんは仕事や人生のことで悩みうつ状態になり自ら命を絶ったということだった。
あんなに手紙のやりとりをしていたのに私はKちゃんが悩んでいたことに気が付かず、音信不通になったときに電話もせずにいたことを悔やんだ。
電話を切った後は涙が止まらなかった。身内以外でこんなに自分と親しくしていた人の死は初めてだった。
 
この出来事から10年近くが過ぎようとしている。
亡くなった人はいつまでも心の中で生きているといわれる。
私はKちゃんの死を通じてわかったことがある。それはその人との想い出があるから心の中で生きているというだけではなく、いつもその人に知らせたいことがあるから心の中で生きているのではないだろうか。
私は何か新しいことを始めたとき、おもしろい本に出会った時、おいしい料理のレシピを考えたとき、ステキな音楽を聞いたとき、旅行にいったときなど、何か出来事があるたびに心の中でKちゃんに手紙を書いている。Kちゃんが読んでわくわくして喜んで元気になるような内容を知らせたいのだ。
それはいつもKちゃんが私に送ってくれた手紙の内容と同じだ。ネガティブなことや悩みではなく相手が元気になるような内容だ。
気がつけば私はあれからずっとKちゃんに手紙を書いている。返事はこなくても書き続けるだろう。
 
 
 
 
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2019-04-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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