私の背中を押した、あるタヌキの物語
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:渡部園(ライティング・ゼミ平日コース)
「どうして、死ななきゃいけなかったの……?」
四年前、桜の散る頃だった。
仕事から帰ってきて、ひとり、私は泣いていた。
私は新社会人になって、その場所に引っ越してきたばかりだった。
小さな島と島を橋で繋いでつくられた地域で、まるで星と星を線で繋いでつくった星座のようだった。
見えるのは、青い海と空と、灰色の道路だった。人は少なく、車の数は多かった。
その日、道路に倒れていたのは、まだ若いタヌキだった。「ボロボロの短編小説」みたいだった。
そのタヌキは、痛いくらい、私の心を大きく揺さぶった。
生き物の一生は、一冊の小説本のようだと思った。
「道路にタヌキが倒れてたよ」
朝礼が始まる。前日の事務仕事での失敗を引きずっている私に、同期が報告してくれた。
お互い動物に関わる仕事をしているとはいえ、このタイミングで言わなくてもいいのに……。
朝礼の内容が全く頭に入ってこないまま、時間が過ぎた。
「お疲れ様でした」
魔法の言葉だ。この一言で、仕事から開放される呪文だ。
その日は呪文が効かず、気が抜けない。
朝に聞かされたタヌキのことが、仕事から帰る時間になっても、私はまだ気になっていた。
できるなら、タヌキが倒れている道路を避けて帰りたい。
そこを通らなければ家に帰ることができないので仕方がない。
道路は、真ん中を車の列が大きな川のように流れていた。
脇を歩くのがやっとで、立ち止まると流れに飲み込まれそうになる。
その道路の端から、人が歩くことができる幅よりも一歩だけ内側に、例のタヌキを見つけた。
立ち止まることができなくても、私の目は、その姿をしっかりと捉えていた。
「捨てられた本みたいだ」
と思った。踏みつけられて、途中でページが破れて、読み進めることができない。
そのタヌキについて考えた。ゆっくりと小説本のページをめくるように。
小さなタヌキだった。恐らく、前の年に生まれた子だろう。
死因は間違いなく、交通事故だ。道路脇の林から道路に出た時に車とぶつかった。
事故に遭うことがなかったら、どんな物語が続いたのだろう?
後日知ったことだけれど、タヌキの寿命は六年から八年、長ければ約十年と言われることもある。
そのタヌキを本に例えるなら、はじめから十分の一のところで、その後をビリッと破り捨てられたようなものだ。
推理小説なら、まだ事件が起こっていないかもしれない。
恋愛小説なら、主人公はパートナーと出会っていないかもしれない。
始まったばかりの物語が、突然、ぷつり、と終わってしまう残酷さ。
本当は、続きのページがあったはずだ。これから物語が面白くなっていくところだったのに。
「私はこのままでいいのか?」
その時、私は思った。
これまでの私にとって、タヌキとは「信楽焼のタヌキ」の置物のことだった。
幼いころから好きだった。おどけた顔と、全体的に丸いフォルムが可愛いと思っていた。
野生のタヌキを目にしたのは、これが初めてで、生きていくことの厳しさや残酷さを一番に感じた。
交通事故で死んで、あんなボロボロの姿になってしまったことは悲しい。残酷だ。
でも、感じたことは、それだけではなかった。それだけではいけない、と思った。
そのタヌキは死んで、物語は終わってしまったけれど、立ち止まっていた私の背中を押していた。
私は、動物たちが力強く生きる姿、生き生きとした表情が好きだ。
「その姿をよく観察して、魅力を伝えたい」と、ある野生動物に関わる仕事に就いた。
実際は、「現場の仕事よりも、事務の方が向いている」と勧められるまま、私は事務仕事をやっていた。
目標から目を背けて、波風を立てずに生きることを選んでいた。
私の一生は、私の物語は、まだ続いている。あのタヌキが生きられなかった時間を、私は生きている。
でも、明日が、次のページが、最後のページになるかもしれない。
それなら、立ち止まっている時間は勿体ない。
目標に向かって、前へ踏み出す勇気を、私はタヌキからもらった。
そのタヌキの一生は、短くて、悲しい最期だった。
それでも、十分に価値のある立派な短編小説だった。ひとりの人間の心を動かした、物語だった。
二年前、桜の咲く頃だった。
私は地元の福岡に戻って、転職した。
その日は仕事が休みで、野鳥を見ようと、近くの公園に来ていた。
見慣れない四本足の動物が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。タヌキだ。
タヌキと目が合った。二、三秒立ち止まった後、タヌキはくるりと半回転して林の中へ走って行った。
その背中を見送ったとき、涙があふれた。
この街に住んで、二十数年になる。野生のタヌキを見たのは初めてだった。
ああ、このタヌキはどんな物語を生きていくのだろう?
どうか幸せな物語であってほしいと、今でも願っている。
小説本には様々なジャンルがある。ミステリー、ラブストーリー、ファンタジーなどだ。
同じジャンルでも、一冊一冊、内容は違う。
それと同じで、同じ種類の生き物でも、一匹一匹、生き方は違う。
そして、一冊の本や、私たちの一生の中には、色んなエピソードが詰まっている。
嬉しいこと、面白かったこと、色んな種類の思い出がある。
兄弟のタヌキと遊んで楽しかったこと。
親タヌキが獲ってきた獲物が美味しかったこと。
四年前に出会ったタヌキにも、そんなエピソードがあった……と、そう思いたい。
幸せなエピソードばかりが長く続くわけではないのが、小説本や生き物の一生なのかもしれない。
それでも、苦しいことや悲しいことが、誰かの心を強くすることがある。
雨が、植物を育てるのと同じように。
だから、どんなに酷いエピソードがあっても、大丈夫なのだ。
きっと、その一冊や、その一生も、誰かの背中を押している。私はそう思うのだ。
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