メディアグランプリ

3度目の正直


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:綿貫晶子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「これ、なんの列?」
 
その店に気づいたのは、3月末のこと。その日は、自分が主催するワークショップを銀座の端っこの貸会議室で行うことになっていた。10時から17時まで、まる1日がかり。9時過ぎにそのビルの駐車場に車を入れようとしたとき、駐車場入り口を挟んで向かい側の通りに、それまで見たこともない行列ができていた。「これ、なんの列?」土曜の朝9時の行列なんて、パチンコ屋しか知らない。しかしここは、端っことはいえ銀座だ。パチンコ屋ではもちろんない。
 
ランチ休憩の時に、受講者の一人が言った。「そういえば今朝くるとき、向かいのビルの前に、なんかすごい行列ができてましたよね。あれ、なんの列でしょうね?」「そうそう、私も気になってました」みんな、あの列に気づいていた。でも、だれも何の店かわかっていなかった。ということは、10時前の時点ではまだ店はオープンしていなかった、ということになる。今はこういう時にすぐに調べられるから便利だ。スマホで検索したら、今はやりの「食パン専門店」であることがわかった。
 
オープンは10時。和食の店のようなのれんに、「食パン」と書いてある。食パン専門店だから、もちろん食パンしか売っていない。2018年の9月にオープンして以来、毎日閉店前に完売になるのだそうだ。アルカリイオン水、小麦粉、生クリーム、隠し味のはちみつに至るまで、厳選素材をつかっているという。そして、「1本」で売っている。1斤ではない。約2斤分を切らずに、食パンの型から出されたままの状態で、ドーンと1本、税抜き800円だ。夫婦二人でどうやったら悪くなる前に食べきれるのか。予約なしの場合は、お1人様2本まで。忙しい店だ、スライスなどしてくれるはずもない。予約は電話か来店でしか受け付けていない。このご時世、ネット予約ができないのだ。そして、電話回線は1本しかない。2度目にその店に行ったとき、並んでいたおばさまが、お店のお姉さんに愚痴っていたのが聞こえた。「いくら電話しても繋がらないのよねぇ……」
お姉さんも心得たもので(きっと同じような愚痴をたくさんの人から言われているのだろう)「そうなんですよぉ、ホンっトに申し訳ありません。もう営業時間中は、電話を切ってもすぐ鳴るから、切ったら取る、切ったら取る、の繰り返しで……。ありがたいことですぅ」とにこやかに切り返す。
 
その店の存在に気づいた日、17時にワークショップが終わったあと店を覗いたら、「完売」がアナウンスされていた。営業時間は18時までなのに。
 
実は通っている着付教室がその店の近くだったので、その後2回、水曜の午後にその店に足を運んでいる。2回目の時は、1時間以上待ちで、件のおばさまの愚痴だけ聞いて帰ってきた。食パンを買うのに1時間並ばねばならないなんて、どうかしてる。
 
次の時は、1時間半待ちだった。13時頃店に着いたら、次の焼き上がりは14時です、と店先に書いてあったが、その分の行先は、今、店の前に並んでいる人に販売される分で終わってしまうのだ。「14時半の焼き上がりの分は、あちらの列で……」と、もう次の次のための列まで出来ていた。この時も早々に退散。食パンを買うのに1時間半以上も並ばねばならないなんて、どうかしてる。
 
昨日の訪問が、3度目の正直になるとは思ってもいなかった。ふと、「もしかしたら日曜の方が空いているんじゃないか?」と思って、銀座での用事を済ませたあとに、立ち寄ってみたのだ。時刻は午後1時20分。休みの日のランチタイムは遅めで進行するはずだから、きっとまだみな食事をしている時間だろう、という読みが当たったのだろう。これまでの2回と比べると、列の長さが格段に短かったのだ。次の焼き上がりは14時。よし、40分なら待てる!
 
引換券が配られる。4月だというのに夏のような陽射しが射す中で、日焼け止め塗ってきたっけ? と心配し始めた頃、13時50分には販売が始まり、ベルトコンベアーの動きのごとく、客が入る、レジで精算する、パンを渡される、が繰り返される。ちょっと気になって、今予約したらいつ手に入る?と聞いてみたら、3週間先の日付を案内された。
 
ようやく手にした「1本」抱えて家に帰る途中、食パンの入った紙袋の中に美味しく食べるお作法が書いてある紙がはいっていることに気づく。1日目はトーストせずに生のまま、とか。和食とも合うのできんぴらごぼうなどの和惣菜をはさんでもおいしい、とか。保存のときは、スライスして1枚ずつラップに包んで冷凍する、とか。食パンなんて、好きに食べさせてくれればいいではないか。たかが食パン。食べ方の指南までされるなんて、どうかしてる。
 
家に着いて、キッチンのカウンターに置いた食パンの入った紙袋が気になってしょうがない。お腹はそんなに空いていなかったけれど、とりあえずうすーくスライスして1枚、食べてみた。
 
……1時間以上並んででも欲しいと多くの人が思う食パンは、どうかしていた!
 
本当に美味しかったのだ。ほどよい甘みとフワフワもちもち感。お作法通り、前の晩の残りの和惣菜をはさんで食べてみたら、これまたいい仕上がりになった。そしてアルコールとも相性がよかった。
翌朝のトーストも「外カリ中フワ」がたまらない。これが並んででも手に入れたくなる食パンか……。
 
次のワークショップは5月25日の土曜日。あの会場だ。今なら、きっと予約も間に合うだろう。いつ繋がるかわからない電話を、明日からかけ続けてみることにしよう。
 
 
 
 
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2019-04-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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