メディアグランプリ

透明人間だった私へ。


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記事:佐藤由美子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
私と母の関係は、決して悪くはない。傍から見たら、むしろ仲のいい親子に見えるだろう。だが私と母は、親子でありながら、緊張感が漂う時期があった事は確かだ。
 
私の母は、中学生で母(私から見て祖母にあたる)を亡くした。子供の頃、目に入れても痛く無い程可愛がられた母にとって、相当ショックだっただろう。それ故か、母は「親からの愛情が中断された自分は欠陥品」というレッテルを自分に張り、欠落している部分を補うように、常にキャパ以上に頑張る生き方をしていた。それは子育てにも顕著に現れた。母の頑張りは、長女の私に余すことなく注がれたのだ。
 
誰しも、完璧な人間なんていない。ましてや、はじめての育児を完璧にしようとする事自体、無謀に思う。しかし自分の欠落している部分を人様に悟られまいとする母のプライドは、常に完璧=母の理想を目指していたのだろう。
 
母はことある毎に私を否定し続け、自分の思うようにいかないと「可愛くない」「こんな風に育てた筈じゃなかった」と容赦なく幼い私を否定し続けた。私は、1番愛情を注がれる母親から、常に存在を打ち消されて育った。
 
そして私は、透明人間になった。
 
大人になった今なら、理解できる。がむしゃらに生きてきた母は、プライドが邪魔をして兄弟や友人に本音を打ち明ける事もできず、誰も助けてくれないと自分を追い込みながら、我が子を必死に育てていいたのだと思う。思い返せば、記憶の奥には毎日欠かさずお弁当を作ってくれた事も、友達にいじめられて泣いてる私を見て、優しく励ましてくれた笑顔も浮かんでくる。
 
頭では理解をしていても、母に愛された実感のない何年かの記憶が、私の心の中に存在しているのは確かだ。
 
そんな私が、透明人間である事を自覚したのは、割と最近の話だ。
 
幼少期から、目立ったり人前で話す事が苦手ではあったものの、社会に出るとそうとばかりいかない時がある。それでも数をこなせば慣れるようで、人前でもそれなりにまとまった意見を伝えられるようになった。それでも私の本質は、主役より脇役、参謀タイプ。自分で何かを主張するより、サポートをする事こそ、自分を活かせると自負していた。
 
ある時、イベントのサポートをしていた私に、参加者が声をかけてきた。私は心底、ビックリした。だって、サポートをしている時の私は気配を消していたのに、相手に存在が知られるはずが無いのに、だ。ましてや、声をかけられるなんて……。
 
そう、この時だった。私が、透明人間である「もうひとりの自分」を自覚したのは。
 
幼少期に母から存在を否定され続けた私は、いつしか自分自身の存在をも否定し、気配を消す事で透明人間として生きていたらしいのだ。そう考えると、急にアレコレ合点がいく。人をサポートする役割こそ自分の本質と思い込んでいた姿は、、幼少期に母から言われ続けた事が原因で、自分自身を守るために無意識に作り出した「もうひとりの見えない自分」だったんだ。
 
その事に気づいた時、私は、幼い頃の私を可愛そうだと思った。心の中で泣きながら「もうひとりの見えない自分」を抱き抱えた。辛かったねと声をかけて、幾日も幾日も慰め続けた。
 
それなりの長い年月をかけて創られたトラウマは、今日明日では消えない。それでも、今までその存在すら知られていなかった私の中の「もうひとり私」を自覚て癒やすことで、少しずつ見えるものが変わっていったように思う。地に足が着く感覚を身につけていこうとしていたように思う。
 
「さて。これから、どう生きていきたい?」
 
私は私に問いかける。今まで通り自分を否定した部分を残しながら、透明人間で生きるも良し。思いきって人前に姿を晒して生きるも良し。無論、透明人間は私の心の中だけの事なので、傍から見たら何も変わっていないように見えるだろけど。
もう私は、幼かった頃の私じゃない。無自覚だった自分の弱点を認め、改めてなりたい自分を構築していけるのだ。
 
「少しだけ、人前に出てみようかな?」
 
そんな思いが、頭をよぎる。100%人前に出るのは怖い。でも、透明人間になって自分を隠し続けるよりは、前進したい。だから、ほんの少しだけ。印刷濃度で言うと、透明度50%位の少し透けた状態。
 
勇気を出して自分を晒すと、世間は意外と優しくて、温かい。もう私は、透明人間になって自分を守らなくてもいいのかもしれない。急には無理かもしれないけど、いつか鮮度100%の鮮やかな色彩の中で自分を放つ時がくるのかもしれない。それまでは、無理をしないで透明人間の自分も楽しんでしまおう。臆病で壊れやすくて震えている自分を慈しんであげよう。
 
ここまで書いて、ふと気づいた。もしかしたら母も、完璧に出来ない自分を否定し続けたあまり、自分の中に「透明人間」を作りだしていたのかもしれない、と。それでも必死に、我が子を彼女なりに愛して、育て上げてくれた。そうか、あれは愛情だったんだ。
 
ふと見上げると、青空が広がっている。スマホのダイヤルを押すと、コール音が響いた後に、いつもと変わらない声が聞こえてくる。
「もしもし?」
さて、何を話そうか? そう考えた時、思わず自分が微笑んでいる事に気づく。
「お母さん、あのね……」
 
 
 
 
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2019-04-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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