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メディアグランプリ

両親の“初の大げんか”が教えてくれたこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:樋水聖治(ライティング・ゼミGW特講)
 
 
僕の家庭はいたって平凡だ。父はどこにでもいる普通の会社員、母は従業員が一人しかいないマッサージ店の店長。四人の子供達は普通の大学生であり、専門学校生であり、高校生。「3人も大学に通わせられるなんて裕福な家庭なんだな」と思われるかもしれないけれど、皆それぞれ奨学金を借りての進学。そんな、いたって平凡で裕福でもない家庭の元に生まれた僕たち兄妹には共通の自慢が一つあった。
 
それは、「両親が喧嘩をしている姿を見たことがない」だった。
 
うちの両親は仲が良い、と客観的に見ても思う。お風呂には50を越えた今でも一緒に入るし、寝る前にはお互いの身体をマッサージし合う姿もよく見かける。だから、あの日我が家に起きた大事件は、僕たち兄妹にとって世界を震撼させるほどのものだった。
 
その日、22歳になる兄と20歳になる僕は自宅の二階で思い思いの時間を過ごしていた。いつもと変わらない夜の時間。僕たち兄弟は迫り来る巨大隕石の存在に気づいていなかった。
 
「バン!!!!!」
 
思い切り机を叩く音、そして数秒の沈黙が流れる。
 
「ガタッ!」
 
乱暴に椅子から立ち上がり台所で食器洗いを始めた、と思われる母。
 
その一連の物音を僕たち兄弟は体を硬直させて聞いていた。妹と弟はまだ家に帰り着いていなかった。「何、いまの? 喧嘩?」と兄が聞く。が、「わからない」と答えるしかない僕。こんなこと経験したことがなかった。確かめに一階に降りていく勇気は毛頭なかった。帰ってきた妹と弟にことの顛末を伝える。緊急会議の結果、「様子を見よう」ということでその日は眠りについた。
 
翌朝一階に降りると、出社前の父と朝ごはんを作ってくれた母が一堂に会していた。「あれ、普通じゃん」と、ホッとしたのも束の間。様子がおかしいことに気づく。
 
「空気が重い」
 
続々と起きてくる兄妹たちも敏感にそれを感じとっていた。ただ、僕たち子供からの呼びかけには、父も母もいたって普通の反応だった。等の本人たちはお互いに無視しあっているようだったけれど。そんな日が少し続いた。
 
「離婚……なんてことにはならないよね?」と妹が不安そうに兄弟に聞いてきた。兄弟は誰も答えられなかった。だって、あんなに仲の良かった両親がもう数日も口を聞いていない。「どうにかしないと本当に離婚なんてことになりかねない」と本気で思っていた僕は、母と2人きりになれるタイミングを意図的に作り出し、机を挟んで真向かいに座る母に単刀直入に聞いてみた。
 
「ねえねえ。もしかして、お父さんと喧嘩してる?」
 
「あ、バレてた? してるよ」
 
即答だった。あっけらかんとした様子。その様子を見て、僕はある推測にたどり着いた。
 
「もしかして、結構頻繁に喧嘩とかしているの?」
 
「当たり前じゃない」
 
即答だった。肩の力が一気に抜けた。続けて母は言う。
 
「お父さんと結婚するときに約束をしたの。『どんなに相手に対して怒りが湧いたり、仕事のことでイライラしていたとしても、絶対に子供達の前ではその様子を見せないようにしよう』ってね。親が喧嘩する姿なんて、子供は見たくないじゃない」
 
素直に驚いた。そういう約束をしていたこともそうだけれど、その約束を遵守し、少なくとも20年以上しっかりと実践してきたその意志の強さに、だ。
 
「約束って他にもあるの?」
 
「『なんでも相談して決める』とか、『どこに住むことになっても、帰ってきた子供たちがリビングを通って親と顔を合わせないと部屋に行けない構造の家を選ぶ』とか」
 
そんな母との会話を伝達し、安心した子供達による“初の仲裁”によって両親は無事に仲直りした。原因は「犬も食わない」くらい下らないことだったとか。
 
これはさらに後日談になるが、母によると喧嘩する姿を「子供たちに見せること」までも計画のうちだったらしい。もちろん、「よし、じゃあ喧嘩しよう」と言って喧嘩したわけではない。要は「隠すこと」をやめたと言うことだろう。その理由は、子供たちが20歳前後の段階で、「夫婦は喧嘩をしても良いものだ」と言うことを教えるため、だそうだ。母、策士である。
 
かくして両親の“初の大げんか”は、家庭を円満に営んでいく上で大事なことを知る良い機会になったと共に、改めて親が子にかけた愛情を感じる機会にもなった。
 
ただ、悩みも生じた。その話を聞いて僕の中では「結婚して家族を作ること」へのハードルが上がってしまったのだ。結婚を「重いもの」と感じてしまった。「縛られるイメージ」が強くなったとでもいえばよいのか。
 
でも少し経って、結婚とは本来「重いもの」なんだろうと思い直した。相手の人生に責任を持ち、子供の人生に責任を持つ。自分一人だけの人生を面倒みれば良いフェーズから脱却しなければならない。まだ想像も実感もするはずもないなかったけれど、その責任を背負っても良いと思えるほどの愛情を向けられる対象を持てることに、きっと充足感とか幸福感を感じられるのだろうと20歳の僕は思った。
 
あれから数年の時が流れ、平成最後の月の中頃に、兄家庭に新しい命が生まれた。僕は平成最後の日になった今もまだ会いに行けていない。家族LINEに流れてくる甥っ子の、寝ながら「ヒッック」としゃっくりをしている動画はもう何十回も見た。そして今日送られてきた、可愛らしく眠る写真を見ながら僕はこう思う。
 
「そういえば、兄はどういう約束を交わしたのだろう」
 
 
 
 
***
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2019-05-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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