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ライバル出現は突然に


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:中野彰太(ライティング・ゼミGW特講)
 
 
「ああ……間違えた。入る会社間違えた」
私が頭を抱えているのは、そう、後ろに座る彼、Yが原因である。
いや、正確には彼が原因なのではない。
そもそも周りの全員が違った、そしてその中心にYがいたという訳だ。
「よくもまあそんなくだらない話で盛り上がれるもんだな……」
内定者同士、初めて会ったばかりの彼らは早速意気投合しているようだった。
 
人は誰しも、大なり小なりコンプレックスや苦手なことはあるものだ。
もともと、どちらかといえば内向的で人見知りがちだった私は、その場にいる人の中で、
欠けている役割を見分けて演じることに長けていると自負していた。
そうすることが自分にとっての処世術だったのだ。
しかしこの状況はどうだ。全員が全員、キラキラした目でキャピキャピしている。
今までの人生で関わりを避けていた部類の集団に飛び込んだ、そう確信した。
後ろから不自然なまで露骨になまった関西弁が聞こえる。
「なあ、お前、おんなじ大学やろ? 文学部か、A知っとる?俺おんなじサークルやねん」
「……ああ、Aちゃんか、知っとるで。……絡みはないけどな」
あるはずもない。
Aといえば、同じ学部内で唯一、金髪ロングのギャルだった。私に何を話せというのだ。
確かに、ここは化粧品会社、そして自分たちは営業として採用されている。
ある程度見栄えも遜色なくかつ、いわゆるコミュ力というやつに長けた人間が集まることは覚悟していたつもりだった。
だが、こいつはその覚悟をはるかに超えている。
小柄で細身な体格と比べても小さい整った顔立ちに輝く大きな目。白く毛穴のない肌に艶やかな髪、派手なネクタイにセンスのいいスーツ。少女漫画から飛び出した王子様のような見てくれに加え、M1出場の経験で身についた鋭いツッコミときた。
敵だ、勝てない敵だ。始まったばかりの冒険で、ラスボスに出会った気分だった。
 
この会社の新入社員は、実家から必ず離れるように各部門に2人組で配属される。
学生から社会人になるにあたって、早期に自立させるためらしい。
自分も悪運が強い、Yと同じ配属先だったのだ。めでたく2人で仕事をすることになった。
私は頭を抱えていた。これが私とYとの出会いだった。
 
 
「家具組み立てんの手伝ってや。お前のも手伝うから」
「初給料やし焼肉いこや。ほんでその後、一緒に仕事しよ」
Yは鬱陶しいくらい人懐っこいやつだった。
ある日、Yが私の部屋に置いてある楽器ケースを見つけた。
「お前、ヴァイオリンやってんの? 音楽好きなんや。俺も好きやで」
私はYにクラシック音楽の歴史について教えた。彼はBOWYが好きらしい。古くからの友達の影響だそうだ。気がつくと夜も明ける時間だった。
 
私とYはまさに正反対だった。
彼は、先輩や得意先ともすぐに仲良くなった。顔もすぐに覚えられていった。
一方、私は確実かつ丁寧に仕事、人に向き合うようにしていた。
Yを見て意図的にそうしていたのかもしれない。
研修期間が終わり本配属が近づいた時、ある重要なポストに急遽退職者が出た。
人事異動も間に合わないタイミング、新入社員に行かせるしかない。
選ばれたのは私だった。
「なんでいつもお前の方が真面目そうにみられるねん、おんなじようなもんやのに……」
と彼は小声で呟いた。私は何も答えなかった。
 
県を一つ跨いだ勤務地になったものの、Yからの連絡は途絶えなかった。
「とんでもないことやらかした、もうあかん」
「お前の名前が今日会議で出た、そっちの仕事はどうや」
しかし、その日の電話は珍しく重い声色だった。
急遽父親の仕事を継ぐため、会社を辞めなくてはならなくなったらしい。
Yの父は子供2人を大学に通わせるため、代々営んでいた喫茶店を畳み、IT企業を興した人だそうだ。Yは父親を尊敬していた。そして自分もいずれは……という話は以前から聞いてはいた。だが予定より随分早い。電話越しから鼻をすする音が聞こえた。
 
別々の環境で働くこととなって久しい私とYだったが、定期的に顔を合わしていた。
実際は、断る私を彼が無理やり誘い出していた、というところだろうか。
Yは結婚しようとしていた相手の両親に結婚を許してもらえず、諦めざるを得なくなっていた。彼の出生が彼女の両親には問題だったのだ。
彼は1人だった。そしてどこか自暴自棄になっているようだった。
飲みに出歩いては、道ゆく女性に声を掛け、朝まで一緒に過ごすということが続いていた。
そんな日が続いたある時、鋭い何かが私の中を通り過ぎた。
「もう我慢ならない、最初からお前とは住む世界が違うと思っていたんだ! 二度と会いたくない!」そう言って私は蒸すような部屋を飛び出した。
何度もかかってくるYからの電話に、一度も出ることはなかった。
それどころか私はどこか誇らしい気持ちさえ覚えていた。
「イヤなことにイヤと言えるような強さを手に入れたのだ」と。
 
どうやらツケが回って来たらしい。
あの時からというもの、私は無駄だと思うことは全て切ってきた。
間違っていると感じたことには誰であろうと正面から反論し、口論することさえいとわなかった。
「そんなに自分のことが大切なら、都合のいい子探せば」と捨て台詞を吐いて、付き合っていた彼女もいなくなった。
気がつけば、私は1人になっていたのだ。
 
思い返してみれば、全くもってその通りだった。
今まで相手がどんな思いでいるかなんて二の次だった。
何をするにも私が相手にどう思われたいか、自分が最優先だったのだ。
後悔した。
Yに謝ろうと思った。
携帯が鳴った。Yからだった。
「俺が先に謝ろうと思ってたのに」そう彼は言った。
 
Yの夢は「オヤジを超えること」だ。
彼は、父が興した会社を超える事業のアイデアを固めるための旅に出るらしい。
いいんじゃないか、応援するよ。今なら心からそう思える。
ちなみに今、彼には彼女候補が6人いるそうだ。
Y曰く、全員にその旨許可を取ってあるから問題ない、とのことだ。
ちゃんと許可を取るあたり変なところが誠実だ。
私には理解できないし、とてもじゃないが真似できる気がしない。
どうだろう、
Yなら何か面白そうなことをやってくれるのではないかと思ってしまう節があるのだ。
そんな悪巧みが実行される日に備えて、彼の大きな目に映る敵を日々倒していこうと思う。
 
もし、あなたがYに会うことがあるようでしたら、見た目や饒舌さを褒めるより、「真面目だね」と言うと効果的かと思います。なんといっても人懐っこくて目立つ彼は友達の幅が広い、何か困ったことがあればきっと彼があなたの力になってくれると信じています。
 
 
 
 
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2019-05-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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