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巻き込み力こそ、働き方を変えていく


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:名古屋ゆき(ライティング・ゼミGW特講)
 
 
「というわけで、デザインチームの品川さんは6月から産休に入られます」
「欠員補充は?」
「内部コストを上載せするのが難しいので、今回は補充はありません」
 
こうしてまた、デザインチームのメンバーは顔を曇らせていく。誰も品川を恨んでなどいない。心の底から、元気なお子さんを産んで欲しい、大きなトラブル無く子育てをして欲しい、そしてまた帰ってきて欲しいと望んでいる。
 
品川は現在第一子の子育ての真っ只中にあり、今回は第二子を授かったということだった。5月いっぱいまでの勤務も10時半から17時半までの時短勤務だ。
 
品川は極力自宅から弁当を持参し、実質食べている時間なんて15分もないことを皆知っていた。できるだけオフィスにいる間に、パフォーマンスを発揮しようと必死な姿をメンバーも全員知っている。
 
しかし実際のところ、他のメンバーは23時を回っても業務が終わらないことが多い。それでも売上達成のために作るものは山程ある。受け入れる仕事を減らすことはできない。
 
どう考えてもアンバランスで、想定売上の達成が難しくなるのは明らかだ。でも、設定された目標値が下方修正されることはまず無い。
 
終電を逃した金曜日。デザインチームの中堅である大塚が、同じく残っていた渋谷を誘ってガード下の飲み屋へ向かった。
 
「こんなこと言ったら、人でなしかもしれないけどさ……正直、品川さん辞めないかなぁ。辞めてくれれば、休業中の諸費用負担も無いから、欠員補充もされるって、人事の同期から聞いちゃって」
 
「品川さん自体は、仕事も早いし頼りになるし、一緒に仕事をしたいんですけどねー。こう、連続して時短とか産休って……。私、彼と30歳前後で子どもは欲しいねって話もしてるんですけど、今のまま仕事をしてたら無理なんですよね。帰りは遅いし、何なら帰れないし。休みの日はもう疲れて寝てる間に終わっちゃうし」
 
「なんかさ、マタハラって言葉ばっかりたくさん話題になるのを見るけど、逆マタハラ? って話題は少ないんだよね。渋谷さん知ってる?」
 
「逆マタハラ?」
 
「品川さんのケースみたいな事情で、チームに負担を強いられることとかを指すみたい」
 
「逆マタハラかー。今のうちですね。でも、品川さんのことって人生の選択として真っ当だし、責める権利なんて無いじゃないですか? でも私たちは疲れきって、人生を選ぶどころじゃないんですよね。表立って言ったら、本当に人でなしみたいに思われそうだし。外に見えないだけなんだろうなぁ」
 
「結局は子持ちが優遇されまくってるだけだよ。子どもを持たない夫婦やシングルって、別
に悪いことなんて何もしてないと思うんだけどね。なんでこんなに辛いんだろう」
 
始発が動き出した頃、二人は上手く酔うこともできずに帰路についた。渋谷は週末、泥のように眠っていた。彼からのLINEにも気付かないほど、ぐっすりと。
 
6月になり、品川を欠く状態のチーム体制がスタートした。
 
渋谷はあれから、この理不尽さがなんとかならないかをずっと考えていた。気晴らしに登録した転職サイトからスカウトはすぐに届いた。辞めるのも手だが、黙って辞めていくのも腹立たしい。
 
ふと、渋谷にある考えが浮かんだ。デザインチーム業務の総量を見える化してみよう!
 
チーム全体ではプロジェクトごとの担当者と期間ぐらいしか把握できていなかったものに、想定される総作業時間を追加した。そして納期までの期間に、日々どれぐらい終えている必要があるかをグラフに表した。
 
そして、現在のチーム構成から、実際にデザイン業務を行える量も見える化した。
 
アシスタントデザイナーと中堅デザイナーでは、受け持つ仕事量もデザインの質も異なる。もちろん掛かる時間も違う。それぞれのスキルをパラメータで示した補足資料も用意し、チーム全体で1週間に終えられる総量を割り出した。もちろん中堅クラス以上のデザイナーには、後輩のデザインをレビューする時間も加味している。
 
そして先輩にあたる大塚に相談を持ちかけた。マネージャーを除いたチーム全体で現状を把握してみないか? というものだ。
 
その上で「物理的に、現在の業務総量をクリアして売上を立てるには無理が生じている」ということをマネージャーに知ってもらい、打開策を一緒に検討したいのだと言う。
 
大塚には、以前聞いた「逆マタハラ」の記事を探してもらった。社会的に顕在化している問題として、現状と併せて知ってもらいたい。感情的になってはいけない。あくまでも論理的に現状を知らせ、変化を促す必要があった。
 
ここまで見える化された資料を見た大塚も、現状を変えられるかもしれないと希望を持った。人事にいる同期にも資料を見せながら、デザインチーム以外で同じようなことが起こっていないか? を探った。
 
チーム内での作戦会議は、想像以上にスムーズだった。20代半ばから40代前半という年代で構成されていたチーム内では、それぞれに思うところもあったようだ。うっかり転職活動中だということを漏らす者もいた。「これでダメなら、心置きなく転職しよう!」そう皆で笑って会議を終えた。
 
マネージャーの田端は、幼稚園の子どもを持つ男性だ。
 
大塚と渋谷の2名に頼まれ、ディスカッションと称する場を設けたが、提示された資料には黙ってしまった。はじき出された「クリアできる仕事の総量」は、今走っているプロジェクト全体から28%もはみ出している現実を突きつけられたからだ。
 
田端の妻は元編集者だった。妊娠後、どうにかギリギリまでハードに仕事をしていたが、切迫早産の危険があり産休を前倒した。あまりに大変な育児に、結局復職することなく退職をしていた。欠員は補充されたんだろうか?
「うちは女性が多くて結構頻繁に産休・育休で出入りがあったんだよね。産休に入る時期が分かったら学生バイト入れて繋いだり、意外とそのバイトが良くってそのまま契約社員になったりして。」
 
欠員補充といえば社員だと思い込んでいた田端は驚いた。そうか、バイトもアシスタントデザイナーに近い仕事ができるかもしれない。今日の様子から察するに、この資料を見て組織が動かなければ、大幅に退職者が出るかもしれない。引き継ぐ間も無く人がいなくなっては、売上達成どころではない。自分の立場上、行き過ぎる提案かもしれないが、長い目で組織を見るなら、すぐに動く必要があった。
 
秋風が吹く頃、大塚は渋谷と再び飲みに出かけた。相変わらず帰りは遅いが、前よりはましだ。デザインチームから提示された現状は、全社的に潜んでいた問題を顕在化させた。長年の悩みだった離職率の高さを押し止めるアイデアになると、経営層もすぐに動きを見せた。欠員が出た場合の補充案にバイトやインターン活用など、新しい仕組みが設置された。
 
自分たちの組織をデザインできた話は、育休中の品川の耳にも届いていた。「皆に負担をかけている」というプレッシャーが軽くなり、早くまたあの場所に戻りたいと、今日も慌ただしく子育てに勤しんでいる。
 
 
 
 
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2019-05-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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