このお茶屋は何屋なのだろうか。
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記事:小林千紘(ライティング・ゼミGW特講)
京都に引っ越してすぐの頃、私はあるお茶屋に出会った。
なんともかわいいパッケージのお茶とかわいいのれん。
顔ハメパネルまで用意しているお茶屋。
パッケージは名刺大のサイズ。
玉露のティーバッグが一つ入っている。
メッセージカードのような感覚でお茶が贈れるということらしい。
実際、表面には『お世話になりました茶』や『誕生日おめでとう茶』といった言葉とかわいい絵が描かれている。
もともとお茶というと、ペットボトルの愛用者。
実家に帰れば、急須でお茶を飲むけれど、
一人だと簡単に済ませていた。
初めは、店が京都の町中に位置していることから、
お土産屋さんなのかと思っていた。
だから、購入したときもどういうお茶かということよりも、見た目で選んだ。
上司に仕事が一段落したことの感謝を込めて購入したのは、
お花を持っているかわいいくまと『心から感謝茶』という言葉が描かれたものだった。
少し多めに買ったのは自分用にと思っていた。
先輩にプレゼントした後、自分でも淹れてみて驚いた。
なんとお茶には、淹れる温度があるらしい。
50〜60℃って触って少し熱いくらいかな?
温度計がないので考えた結果、お風呂よりちょっと熱い程度だろうと思い、お湯を沸かす。
そういえば、私は玉露って飲んだことがあるのだろうか?
ペットボトルの緑茶には、よく『玉露入り』って書いてあるけれど……。
お湯とティーバッグをカップに入れて2分待つ間、そんなことを考えていた。
初めての玉露。
……あれ?
予想していた渋みがない。
優しくてほっこりした気持ちになるこの香り。
おいしい。
それに、砂糖ってわけじゃないけど、どこか甘い気がする。
恐る恐る材料を見るが、砂糖は入っていない。
いや、わかってた。
自分に言い訳しながら、また一口と飲み進める。
調べて見ると、玉露は日本茶の中でも高級品。
上質の茶葉を作る茶樹だけで栽培されているらしい。
抹茶と同じ製法って、そもそも茶葉の育て方に違いがあったことにも驚いた。
昔の人は玉露を『玉の露のよう』と表したらしい。
もう一口。
なるほど……。
普段、ペットボトルを飲んでいる私には『玉の露のよう』は難しいので、
これから知っていくことにした。
にしても、この見た目と中身のギャップが面白い!
後日、この感動を伝えたくて店を訪ねた。
少し興奮して、店主に伝える。
「そうですか〜。そら、なによりですわ〜」
なんとも軽い。
いや、軽すぎる。
30代男性の店主という言葉ではあらわせないほどのゆるさ。
メガネをかけ、エプロンをして、ひょろっと立つ店主は私にお茶の試飲を勧める。
私がこの気持ちの収集に困っていることも気づかず、店主は続ける。
「今日は何してましたのや〜」
これが、京都人のいけずってやつなのだろうか?
いや……、見た感じウェルカム感しかない。
なんだろう。このお店。
それがこの店の魅力に引き込まれていくきっかけだったのだ。
想像していたお茶屋とは違った。
お茶という日本の伝統に一石を投じている風雲児のような新しい商品。
なのに、風雲児感のないゆるさ。
そのミスマッチさに惹かれて集まる人々。
気づいた頃には、私はその店の『公式常連』となっていた。
店が認めた常連ということらしい。
その店の『公式常連』ともなると、
お茶屋だということを忘れる出来事によく出会う。
まず、気になったことは顔ハメパネルだった。
顔ハメパネルの量が異常に多いのだ。
本店と寺町店の2店舗を合わせると30個はあるだろうか。
すべて店先においてある。
顔ハメパネルマニアの方が、顔ハメパネルを目指して訪れる。
顔ハメパネルへの熱い思いにも店主は、いつものゆるさで答えている。
「そうですか〜。うちの店、顔ハメパネルたくさんあるんです〜。
顔ハメパネル仲間の方にもお伝えください〜」
顔ハメパネルの量に、海外の方は観光スポットと間違えることもあるほどだ。
そして、なぜかCDがおいてある。
改めて言うが、お茶屋である。
『プリンセスやすこ』さんという方のCDで
会社を定年退職した後、退職金でドレスを購入したり、ステージに立ったり
地道にアイドル活動しているとのこと。
関西のテレビでも何回か取り上げられたらしい。
京都のディープな人たちの中では有名人なのだそうだ。
なぜ、店においてあるかと言うと、
店のスタッフに『プリンセスやすこ』さんのファンが多いということと、
店主が広報マネージャーを買って出たからだそうだ。
店主はたまに曲も作るらしい。
プロデューサーということなのか?
もうよくわからない。
そう思ってもやっぱりお茶はおいしくて、
誕生日や母の日、友人の結婚祝いなどのイベントごとの贈り物の十八番になる。
茶葉も天保7年から続く京都の宇治田原の茶園さんのものというから、
祖母にも友人にも喜ばれる。
店名に『ごえん』と入っているので、
プレゼントする相手と自分の縁を意味していそうでお祝いごとにもちょうどいい。
そんなことを思いながら店に通っていくうちに
私は『公式常連』から格上げし、店のスタッフとなっていた。
改めて、縁とは不思議なものだと思う。
ふと入ったお店が気になって、その店に通うようになっていた。
友人にプレゼントするときも
いつの間にか商品について質問されるとスタッフみたいに話すのだ。
それが、気づいたら店で働くことになるのだから面白い。
こんな縁はこれからいくつあるのだろうか。
人生100年時代、ますます楽しみになっていくばかりである。
京都ぎょくろのごえん茶 小林千紘
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