メディアグランプリ

高校野球的茶畑


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:佐藤滋高(ライティング・ゼミGW特講)
 
 
「ちゃばたけ借りてみませんか?」
山形さんに言われて、一瞬頭の中にはてなマークが乱立する。
「この本良かったですよ、読んでみませんか?」まるで、そんな感じの聞き方だったのだ。質問の内容とそのトーンに乖離があったため、頭の中で「ちゃばたけ」が「茶畑」と変換されるまで少しの時間を要した。
山形さんと言うのは、滋賀でも県境に近い「秘境」といっても大げさではない山中の集落に住む方で、大学のワークショプで訪れたその集落と集落で行われていたお茶栽培にハマってしまい、卒業後も地域おこし協力隊として移住してきて、任期が切れた後もそのまま居ついてしまったと言う、なかなかに熱量の多い人である。
そんな山形さんが Facebook で茶摘みの摘み手を募集しているのを偶然見つけて、茶摘みを手伝いに行ったのが初めての出会いであった。山形さんや山形さんの茶畑に集まる人たち、その集落の雰囲気がなんとも居心地がよくて、その後も時折作業を手伝ったりするようになっていた。「茶畑借りてみませんか?」と聞かれたのは、そんな作業を終えてみんなでお茶を飲んでいる時であったか、あるいは作業の合間に河原でお昼を食べていた時であったかもしれない。質問自体のインパクトが強すぎて、どんなシチュエーションで言われたかは正直あまり覚えていないのだ。
 
山形さんによると、集落に住む小椋さんという古老が維持してきた茶畑があるのだが、体力的な理由でお茶作りを辞めよう考えており、借りてくれる人がいなければ、耕作放棄も考えているらしい。しかし、いい茶畑なので潰すのはもったいないし、借りてはもらえないか、と言う話であった。
その後、話だけでもと見に行った茶畑に一目惚れしてしまった!
茶畑と聞いて多くの人が想像するのは、新幹線の車窓から見えるような美しく整った畝が整然と並ぶ綺麗な茶畑だろう。山形さんに案内してもらった先あったのは、急な斜面にへばりつくようにポコポコと生えるツヤツヤした茶木たちの姿がなんとも可愛い茶畑であった。聞けば室町時代から脈々と作り継がれてきたらしい。これは潰すのは忍びないと思ったし、小椋さんの方がその想いは強いだろう。
しかし、たいして経験のない自分に可能だろうか?
茶畑の作業について小椋さんに尋ねてみる。
夏草の茂る時期に少し離れた別の山でススキを刈って軽トラで運んで、畑に敷き詰める。
秋には山に落ち葉を拾いに行って、畑に撒く。
草むしりを忘れず、年に二度ほど菜種油の搾りかすを鋤き込んで、数年に一度土をおこす。
「それだけだ。そう大変なことでないよ」
小椋さんに笑顔でそう返された。代々受け継いできた昔ながらのお茶作りが決して簡単なものではない事は容易に想像がついた。正直で丁寧な作業の積み重ねの上に、今のこの茶畑の姿があるのだろう。
ちょっと、意地悪な質問だと思いながら、農薬や化学肥料は使わないのか尋ねてみた。作業の負担を軽減すれば、もう少し自らでお茶作りを続けることができるだろうと思ったのだ。
「わしらは川上(かわかみ)に住むもんやで、川を汚したら下(しも)のもんが困るやろ。この集落で使ってるもんはおらんよ」
小椋さんには、人様に迷惑をかけるくらいなら、手塩にかけた茶畑を潰す覚悟があるのだ。小椋さんにも惚れしてしまった。
その場で茶畑を借りる事を申し出た。
 
その集落のお茶作りは前述したような丁寧な土作りが特徴とも言える。長い歴史から産まれたネームバリューに加えて、味にも定評があるので茶葉は相場と比べても高い値段が付いている。と言っても、昔ながらの手間を惜しまない作り方では小さな茶畑でないと手がまわらないし、人件費など考えたらとても割に合うものではない。実際、僕も含めて集落には兼業の茶農家しかいない。生活がかかっているわけではないから、大した収入にないならなくてもお茶作りが出来るのだ。それは集落の伝統を守りたい気持ちや、お客さんに今年も美味しいお茶を届けたいという気持ちで支えられている。採算を度外視できる、いい意味でのアマチュアリズムがあるのだ。
 
プロ野球を観なくても高校野球は観るという人は多いのではないだろうか。一発勝負のトーナメント戦がドラマチックだからと言う人もいるが、負けたら終わりの世界大会でも高校野球ほどには人を熱狂させない。思うに、プロの野球はリーグ戦にしろ、トーナメント戦にしろ、興業なのだ。もちろんそれが悪いわけではないし、ファンサービスなど楽しむためのいろんな工夫もそこから生まれる。しかし、どうしてもそこには年俸や球団収入、放映権料などお金の香りがする。これには好き嫌いがあるだろう。対して、高校球児には観ている人を楽しませようという思惑はない。ただひたむきに野球に取り組む姿がそこにある。高校野球はおおむね土と汗の香りしかしない。観ていて素直に応援したくなる。
集落のお茶作りはとてもプロ野球とは言えない。一生懸命に取り組んで入るが、商業的には落ちこぼれだ。愚直に茶畑にとっていいと思う事に取り組む姿勢は高校野球のそれに近い。
 
今年ももうすぐ茶摘みの時期がやってくる。新緑の茶畑は本当に美しい。ウチの茶畑の茶摘みはすべて手摘みとなる。たくさんの摘み手が手伝いに集まってくれて、普段静かな集落が一時の賑わいを見せる。
作業の合間に皆で飲むお茶が美味しい。
そこからは文字通り「土と汗の香り」がする。
茶畑を借りてよかったと思える瞬間である。
 
 
 
 
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2019-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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