メディアグランプリ

さらば、「大人になればメイクは自然にできるようになる」という幻想よ


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記事:獅子崎 りさ(ライティング・ゼミGW特講)
 
 
メイク。
つまり化粧であるが、日常的にメイクをする女性は多いだろう。最近では男性も日常的なメイクをするとの話も聞く。
私も社会人になるとともにメイクをするようになったのだが、このメイクというものに私は十数年来悩まされてきた。
毎朝のメイクの時間が苦痛だったというべきか。
 
一言でいえば、メイクをする意味が見いだせなかったのである。
いや、社会人としてメイクが必要なのはわかる。しかし、なぜ必要なのか。
正直メイクをしても、私の顔がそんな変わっているとも思えない。それなのになぜ、毎朝時間をとってまでしなければならないのか。
メイクにかかる時間を仮に15分として、それを1年間365日続ければ5,475分。90時間以上とられることになる。それがこの先も何年も続いていく。
それなのに、その時間をかける意味が見いだせず、毎朝のメイクの時間が苦痛だったのだ。
 
今なら苦しんでいた理由もわかる。
私はメイクのやり方をわかっていなかったのである。
悪いことに、やり方をわかっていないことにさえ気付いていなかった。
メイクは大人になれば当然するもの。その意識が、いつの間にか「大人になればメイクは自然とできるようになる」と、私に勘違いをさせていたのである。
しかし、メイクはいっこうにうまくできている実感がない。
そのギャップが私を十数年、自覚なく、しかし静かに苦しめていくことになった。
 
そんな私とメイクとの付き合いが変化したのは、一冊の本に出会ってからだった。
 
そもそも私が初めて「メイクをする」という概念に直面したのは、18歳、高校を卒業する時のことだった。
私が通っていた高校は校則が厳しく、メイクをするなどもってのほかという学校だった。しかし当時の私にはそんな校則はあってもなくても関係なかった。
大好きな本やマンガを読みあさり、たまに勉強をしたりもする。そういう風に日々を過ごしていた私には、「メイクをする」という考えが頭の中にこれっぽっちもなかったのである。
 
しかし、卒業式当日のことである。
その日教室で、生徒たちに化粧品メーカーからの提供された化粧品のサンプルとメイクについての小冊子が配られたのだ。
校則にしばられてメイクなど触れてこなかった女子生徒が、これから社会に出ていくにあたって必要になるであろうとのことで配られたのだと思う。
いや、昨日までメイクをするなと言っておいて、卒業するとなったらこの手のひらの返しようかと、若干の反発心もあった。
もらった小冊子をぱらぱらと眺めては見たが、メイクをするという実感もわかず、その時はあまり気にもとめなかった。
そして高校卒業後も、私は数年間学業を続けることになった。結局その間も高校の時と同じような生活をしていたので、メイクについても特に意識しないままでいた。
 
しかし、いよいよ学業を終え社会に出るとなった時、無頓着な私でもメイクと向き合わねばならなくなった。社会人になるにあたって、やはりメイクをしないわけにはいかないと自覚したのである。
メイクをしなければならないという義務感と、メイクのやり方がわからないがその自覚がないという状況の中で、私の毎朝は苦しいものとなった。
 
だが、ついに30歳をすぎたとき、一冊のメイク本と運命の出会いを果たしたのである。
メイクに興味がない私であるから、自らメイク関連書籍を探していたわけではない。ただ本屋の通路を歩いている時、平積みにされたその本のタイトルが目に留まったのである。
 
本のタイトルは「必要なのはコスメではなくテクニック」といった。
 
タイトルを目にして、衝撃を受けた。
テクニック? メイクにはテクニックがあるのか?
そう、私は初めて自覚したのである。
メイクをするにもやり方があること、自分は今までそれを一切知らなかったこと、そして知ろうとしなかったことを。
何事であれ、やり方を知らなければうまくできるはずがない。
それなのに、メイクは毎日するものであまりに日常的すぎて、そんな当たり前のことに気づけていなかったのである。
 
本は、ヘアメイクアップアーティストの長井かおり氏によるものだった。
本の帯には、こう書いてあった。
 
「毎朝のメイクは極上の自分になれるトレーニング」
 
トレーニング。
毎朝のメイクの時間がトレーニングであるという。
そして、そのトレーニングをつめばメイクのテクニックが身につき、極上の自分になれるというのだ。
考えたこともなかった。
メイクにはトレーニングが必要なのだと。そしてテクニックを身につければいいのだと。
 
本にはビニールカバーがかぶせてあったので中身は読めなかったが、それでも私は本を持ってレジに向かった。
帯のフレーズだけで、私を動かすには十分だったのだ。
 
家に帰ってから、1ページ1ページをむさぼるように読んだ。
本にはメイクの手順について、なぜそうするのか、その結果どうなるのかが書いてあり、そのことで私の理解はすすんだ。
今までなんとなくまぶたに塗っていたアイシャドウ、なんとなく頬に塗っていたチーク。
それらをどこにどう塗ればどんな効果がもたらされるのか、それを事細かに説明してくれたのだ。
 
衝撃だったのはファンデーションの塗り方である。
ファンデーションとは、顔の肌に塗る化粧品である。そうであるから、私はファンデーションは顔全体に塗るものだと思っていた。
しかし、著者の長井氏は、ファンデーションは頬にだけ塗ればいいという。
そこにさえ塗っていれば、肌がきれいにみえるというのだ。
自分では、そんなやり方など思いつきもしなかっただろう。
 
私は本を開きながら、長井氏のいうとおりにメイクをひととおりやってみた。
そして出来上がった顔を鏡で見て思ったのである。
「……なんかきれいに見える」
 
恥ずかしげもなく何を言っているのだと思われるかもしれない。
だが、実際に初めて私はメイクをした自分の顔をきれいだと思ったのだ。
ようやく、私がメイクをする意味を見いだせた瞬間だった。
長く、苦しかったメイクにかける時間が、楽しい時間に変わった瞬間だった。
そして、「大人になればメイクは自然にできるようになる」という幻想も去っていったのである。
 
毎朝の約15分。
これから先も同じようにメイクをしていくとすれば、私は残りの人生で約4,000時間をメイクにかけることになる。
だがその時間はもう苦しいものではない。
一冊の本との出会いで、私の4,000時間は救われたのである。
 
 
 
 
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2019-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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