いつか子どもをもつあなたに 私が仏壇から学んだことを伝えます
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記事:杉田 賢(ライティング・ゼミGW特講)
24歳の私には朝のルーティンがある。24という年齢からすれば随分と年寄りじみたルーティンだ。田舎のおじいさん、おばあさんの間であれば大半の人がやっているのだろうが。
私は毎朝、仏壇の前でお経を読む。般若心経という300字足らずのお経を二回読む。ご先祖様に感謝するという理由ゆえではなく、ただ何となく発声練習によさそうだなと思ってやっている。5月1日、新しい時代の始まりの日もいつも通りにお唱えした。唱えるようにしてから1か月ほど経ったので、少しずつ唱えるさまも板に付いてきて、近頃は節回しを工夫したり、どうやったら息継ぎをスムーズにできるか考えながら読んでいる。
やり始めた当初はご先祖様への感謝ということはあんまり考えていなかった。けれども、仏壇にかざられた父方の祖母の遺影を見ている自分のなかに、感謝のようなものを感じるようになっていった。仏壇のなかの祖母以外の人たちとは、私は顔を合わせたことがなく、その人たちで話したことがあるのは祖母だけだったので、祖母は私と仏壇を心理的につなぐ唯一の存在だった。
令和の始まりの日もお経を読んで手を合わせた。仏壇には祖母をはじめとして、祖父や祖父母の子供たちの位牌が並んでいる。祖父母の子供たちというと、私の父の兄弟にあたるわけだが、彼らのことは一度か二度ほど父から聞かされた記憶があった。3人兄弟の末っ子の父には、兄と姉が一人ずついるが、その兄と姉のあいだに子供が四人いたのだそうだ。祖母の葬儀が終わってひと段落したときの晩酌で、父がぽろっと話したくらいだったので、その4人を意識して生活することなどまったくなかった。だが仏壇の前で手を合わせるのが何日も続くと、4人への興味を深めている自分にふと気が付いた。新たな時代を迎えてそぼ降る雨の音をかたわらにしながら読経を終えた私は、いま一度手を合わせてから4人の位牌を手に取って恐る恐る背面をのぞきこんだ。
「昭和一六年十月四日 海
昭和十七年六月十日 玄
昭和二十六年八月十五日 清
昭和二十八年九月二日 育子」
父の姉にあたる育子のほかは、その名前が位牌には刻まれていなかった。与えられた名前があったのだろうが、余りにも早い旅立ちゆえに記されなかったのだろう。彼らを生んだ祖母に聞くすべは最早なく、戦前そして戦後に相次いで早世した子どもたちの名前を知ることはできない。表現が難しいが、まさに相次いで亡くなっていった。祖母の悲しみはどれほどだったのだろうか。食糧が不足していて、衛生環境が劣悪だったとはいえ、天のこの差配はあまりに酷ではないか。
その日の夕飯でのこと。母が用意してくれたさんまの塩焼きをつつきながら、私は父に話しかけた。仏壇の位牌を見てみると、三人は名前すら記されていなかったこと、祖母は本当に悲しんだのだろうという自分の思いを話した。あおっていた缶チューハイを手元に置いた父はこう言った。
「もしその四人ともが生きていたら多分おれは生まれてなかっただろうな」
父は目をしばたたかせていた。父は涙ぐんでいた。
私は四人の早い死を悼んでいて、父もたしかにそれを悲しんでいた。自身が生まれてきた理由の根底には四人の早世があったことを父は理解していて、私も父の涙ぐんだ目をひょいと見た時に、私がいまここにいることの不思議さを感じずにはいられなかった。父は四人が亡くなってから間をおいた昭和32年に生まれた。もし四人が無事にその命を長らえていたなら、その四人の子育てに家計はてんやわんやで、父をもうけようとは思わなかっただろう。もし父がいなければ、もちろんこうやって文章を書いている私もいない。四人の生死がコインの表ならば、父は、私は、コインの裏だ。生れでたことは不思議に満ちている。四人の子どもを思いながら、私は一回きりの生を生きていく。
仏壇の前でお経を読むキッカケは発声練習だったが、幸運にもそこから四人の位牌を通じて、自分自身が生まれてきた背景を知ることができた。あなたの家族にまつわる歴史を紐解いていくと、いま自分が生きていることの不思議さや、これからあなたの下に生まれてくる子どもとのかけがえのない生活を歩めるだろう。家族の歴史をひもとく手段の一つがたまたま今回、仏壇での読経だった。自分の身近なところに知る手段はころがっている。
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