お好み焼きで気づいた、隠し絵だらけの日常
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:獅子崎 りさ(ライティング・ゼミGW特講コース)
あなたは「隠し絵」というものをご存じだろうか。
ぱっと見ればただの森の風景が描かれていて、この中に動物が5匹隠れているから探してみよう、といった絵である。よくよく目を凝らして絵を見てみれば、木々の葉や幹の中にライオンやシマウマの姿が浮かび上がる、という趣向だ。
動物がいると言われて初めて、その絵の中に動物の姿を探そうとする。
そして、動物を見つけることができるのだ。
私たちの日常も、隠し絵のようなものだ。
そんなことを、私はお好み焼きを食べるたびにふと考えるのだ。
かつてこんなことがあった。
仕事帰りの夜。残業を終えて、私は帰りの電車に揺られていた。
時間はすでに夜の9時をまわっていた。
しかし、私はまだ夜ご飯を食べていなかった。
空腹を感じながら、私は夜ご飯をどうしようかと考えていた。
スーパーに寄って惣菜を買って帰ろうか……。
いや、今日は冷凍したご飯がもう冷凍庫になかった気がする……。
コンビニのお弁当でもいいか……。
そんな風に思いをめぐらせていた時、頭の中に急に考えが降ってわいたのである。
「お好み焼きを食べたい!」
私はお好み焼きが好きだ。たまに街に出かけてお好み焼き屋に食べに行くこともあった。
しかし、その時は本当に何の前触れもなく、お好み焼きを食べたいと思いついてしまったのだ。
一度思いつくともうどうしようもなかった。体がお好み焼きのソースの味を欲している。
できれば、あのお好み焼き屋で食べるような、鉄板で焼かれた熱々のお好み焼きを食べたい!
しかし、もう夜の9時を過ぎている。街に行くには遅すぎる。
私はため息をついた。
妥協するしかない。コンビニでお好み焼きを買って帰ろう。
コンビニのお好み焼きも美味しい。熱々の鉄板はまた今度にしよう……。
そして私は電車を降り、自宅の近所のコンビニに歩いて行った。
が、その途中でおどろくべきものを目にしたのだ。
「お好み焼き」と書かれた旗が揺れていた。
お好み焼き屋だ!
しかも、明かりはまだついていた。
店の目の前まで行くと、中の様子が見えた。客が数人いる。店主らしき人も見えた。
私は少しためらった。
入ったことのない店だ。
そもそも、女のひとりお好み焼きってありなのか?
いや、ひとりで色々なところに行ったりはしている。カフェは余裕だし、ひとりカラオケにも行ったりする。
しかし、ひとりお好み焼きはやったことがなかった。
だが、そんなためらいよりも、お好み焼きが食べたいという欲求が勝った。
私はおそるおそる店の扉を開け、まだ時間は大丈夫か聞いた。
鉄板のカウンターの向こうにいた店主は大丈夫だと答え、おひとりかとたずねてきた。
ひとりだと言った私に、店主は自分の目の前のカウンター席をすすめた。
メニューをながめて、一番具材がシンプルなお好み焼きを注文した。
店主が鉄板で流れるような手つきでお好み焼きが作られていくのを、私はわくわくしながら眺めていた。
この時間にまさか店のお好み焼きを食べることができるとは。
しかも自宅の近所にこんな店があったとは、今まで気づかなかった……。
できあがったお好み焼きは、本当に美味しかった。
体がお好み焼きのソースの味でみたされていく……。
残業の疲れもすうっと引いていくようだった。
店主がひとり食べる私の話し相手になってくれた。
今の時間まで仕事だったんですか?
遅くまで大変ですね……。
たわいもない話をしながら、私は考えていた。
これはいい店を見つけた。
一度ひとりで入ってしまえば、その後は気楽なものだ。
私はそれ以後も、仕事帰りにお好み焼きが食べたくなるとその店に足を運んだ。
店主はいつも「お疲れさま」と迎え入れてくれた。
お好み焼きやおつまみを食べながら、会話をかわす。
店に備え付けられたテレビで野球の試合が放送されていれば、ひいきのチームを一緒に応援したりした。
私はすっかりその店の常連になっていた。
店ですごす時間は、仕事の疲れを癒してくれた。
店の存在に気づけてよかったと、心から思った。
なにせ、駅から自宅までの帰り道、目を右にふっと動かしさえすれば気づける場所にこの店はあったのに、ずっと気づかずにいたのだ。
隠し絵……。
この店は、まさに日常の景色の中に隠されていたのだ。
「動物が隠れているよ」と言われて初めて森の絵の中に動物の姿を探し出すのと同じだ。
「お好み焼きが食べたい」と思って初めて、私の頭はいつもの帰り道の中でお好み焼き屋を探しだしたのだ。
そして、見つけた。
毎日はこの連続だ。
自分が何かについて意識しだして初めて、それに関連する物事が目につくようになる。自分が意識していないものには、気づくことができないのだ。
しかも、日常の中で、「この中に動物の絵が隠れているよ」と誰かが丁寧に説明してくれるわけではない。
それは、自分の頭の中に自然にわくものなのだ。
お好み焼き屋を見つけた日、私が「お好み焼きが食べたい」と思いついたように。
その思いつきにしたがって、私はお好み焼きを食べようと考え、そしていつもの景色の中にお好み焼き屋を見つけることができた。
思いつきはあなどれない。
日常という隠し絵の中に隠れた動物を見つけ出すきっかけになるのだ。
だからこそ、私は日々の自分の突拍子もない思いつき、突然降ってわいた考えというものに従って動いてみたくなる。
その突然の思いつきによって、とんでもない発見があったりするのだ。
あのお好み焼き屋は、店主が実家に戻るとのことで店をたたみ、今はもうない。
私も、店に通っていた頃に住んでいた家にはもう住んでいない。
しかし、お好み焼きを食べるたび、常連となる店を見つけた喜びを、店主と一緒に楽しくすごした時間を、今も思い出すのだ。
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