読書に全く興味なかった僕が、「趣味は読書です」と言うようになるまでの話
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:樋水聖治 (ライティング・ゼミ GW特講)
「人生において漫画以外の本は読んだことがない」と、自信を持って答えるくらい、僕は読書経験がない人間だった。
大学に入学してからも“ちゃんとした本“を読むのは、大学でレポートの課題が出された時くらい。“単位を取る”という必要性に駆られて仕方がなく読むというのが常だった。
そんな僕に対して、「読書はこんなに面白いよ」と勧めてくる人はたくさんいた。でも、お生憎様。僕の周りには楽しい面白いと思える、お手軽に簡単に行える体験が溢れかえっていた。スマホゲームやテレビは最たる例だ。
僕には、文字しか書かれていない、数百ページにも及ぶことがほとんどの紙の集合体を読むことを、わざわざ“楽しみ”として選択する人の心理が理解できなかった。
ただ、「読書が趣味です」と答える人への憧れは抱くようになっていた。
それは、大学での様々な人との出会いの中で、「この人の考え方は深いな」とか「この人の喋り方はわかりやすいな」と感じた人の多くが読書好きだったからだ。そんな憧れこそ抱く場面は幾度となくあったけれど、“思い”が“行動”に移されるまでには時間がかかった。
それは、大学4年生の冬のこと。
当時、フランスに交換留学していた僕は、クリスマス休暇の時期に日本に一時帰国していた。日本へ戻る機内では、一度も立つことなく映画を5本観た。初めて観た『ショーシャンクの空に』の感動は今でも忘れていない。
日本で楽しい日々を過ごし再入国の日が近づいたある日、僕はフランスでの友人たちに買って帰るお土産をデパートで物色していた。そんな折、「帰りの機内では何を娯楽としようか」という問いが頭の中をよぎった。
そこで、既に携帯ゲームや映画といったコンテンツを消費し尽くしていた僕は、時間を潰すコンテンツとして本を選ぼうと思い立ったのである。
「留学という初の経験をしている最中だ。読書に手を出してみるのもありかもな」くらいの気持ちで、同じデパート内にある大型書店に足を運んだのを覚えている。
いつもは書店に入ると敏感に漫画コーナーの位置を感知して、お目当の新刊を手に取りレジへ直行する僕だが、その日は書店の案内図前に立ち止まり、じーっと店の全体図を眺めた。
とりあえず、“暇を潰せそうな物語”を探すためにそういう系の本が固まっている場所へ向かう。平積みされている本を中心に物色を始めた。そうやって、ぐるーっといくつかのコーナーを回り終わる頃になると、意外な事実に驚いている自分がいた。
「あれ、意外にも興味を惹かれる本って多いんだな」
それは、本のタイトルから連想される話の中身への興味であり、ついつい手にとって眺めたくなるような表紙絵の綺麗さに惹かれる興味であり、手製のポップに書かれたコメントの熱意に抱く興味だった。とても新鮮な体験だった。
例えるなら、今まで身近ではあったけれどよく知らない近所を散歩してみるような体験だろうか。散歩中、見たこともないような草花を見つけたり、雰囲気の良さそうなカフェを発見してちょっと中を覗いてみようしたり、昼寝をする猫に近づいてみるも逃げられたり、みたいな体験。
そんな“書店散歩”を通して見つけた数冊を手に取り、吟味に吟味を重ね、「これだけは読んでみようかな」と思える本を1冊選び購入した。その本は、「寿命を、1年につき1万円で買い取ってもらった男」について書かれたSF小説だった。
ただ、読みきれる自信は毛頭なかった。あくまで、映画やゲームに代わる“エンターテイメントとしての面白さ”を求めていた僕は、読書にちらつく“読まなければならない感”を感じずに読めるかが不安だった。
再入国の日、飛行機が離陸して周りが落ち着いた頃合いを見計らって、僕は青色のカバーを付けてもらった本をバッグから取り出した。そして、期待と不安を胸に1ページ目をめくった。
気がつけば、どれくらいの時間が経ったかもわからなくなるくらい物語に引き込まれていた。
題材が興味を引くものであったのは間違いない。でも、それは入り口に過ぎなかった。
動かない文字の塊が、僕の頭の中に想像させる風景や人物。筆者の独特な言葉の選び方、そして表現。「それをそう考えるか」と思わせる、作中の登場人物のやりとりなどを通して伝わってくる筆者独自の観点や考え方。何より、物語の序盤から中盤に至るまで、全く飽きさせず、終盤では泣きたくなるほどに綺麗な物語の帰結を見せてくれた。
読み終わった後、僕は放心状態でどこをみるともなく前の座席の背中を見ていた。ただただ感動に震えていた。我に帰ると、特に感動した箇所に戻って読み返すということをしていた。
その本を十分に堪能したあと、目の前に広がる雲の海を見下ろしながら僕は考えていた。
読書を通じて感じられたものは、今までゲームやテレビを通じて感じてきたものとは次元の異なるものだった。
そこには、読みきった人にだけわかる面白さや感動があった。言葉には、訪れたことも見たこともない場所や、出会ったことも話したこともない人物を“在るもの”として思い描かせる力があった。自分自身の中にはない考え方や、物の見方に出会ってハッとさせてくれる瞬間があった。時間を忘れ、周囲の物音を感じさせなくなるほどに人を引きこむ魔力があった。
“運命の本との出会い”を境に、僕が書店に足を運ぶ頻度は増え、書店での行動範囲も少しずつ広くなっていった。当然、目に入る本も多くなり、読んでみようと思う本のジャンルは物語調のものだけではなく実用書や科学雑誌といったものにまで及ぶようになった。
かつて漫画で埋め尽くされていた机の横にある本棚のスペースは、今ではハードカバーの本や文庫本に取って代わられている。普段、持ち運ぶiPad Proには、毎月数冊の電子書籍が追加される。
当然のことながら、読んだ本全てが感動や新しい発見をもたらしてくれたわけではない。途中で読むのをやめてしまった本も数多くある。スッキリ感や痛快さではなく、モヤモヤを残したままに終わってしまう本にも出会った。けれど、本を読むことで確実に僕の人生には彩りが増えた。
今では書店を散歩するのは僕の一番の楽しみだ。そして、趣味はなんですかと聞かれると開口一番こう答える。
「趣味は読書です」
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