メディアグランプリ

私はだいたい壊れている


 
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:山谷里緒(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
「おかあさん、なんでお月さま、半分こわれているの?」
 
いつもの保育園からの帰り道、自転車の後部座席から4歳の娘が言った。
時刻は19時半を回っていた。今日も保育園で娘は最後のお迎え。
初めは早く帰ってきてほしいと泣いていた娘も、最近は慣れたのか泣かなくなった。
ふと空を見上げると、半月が夜を照らしていた。
 
そうか、4歳にとって月の満ち欠けは、月が「壊れている」ってことなんだな。
表現の仕方が可愛くて、思わず頬が緩んだが、すぐ意識は現実に戻る。
早く帰らなきゃ。
 
「そうだね、お月さまも疲れているんだよ。エマちゃんだって、保育園いつも遅くまで頑張っていたり、体調悪い時はお休みしたりしちゃうでしょ? お月さまも一緒なんじゃないかなぁ?」
なんとなく、そう適当に返事をした。子どもの素朴な疑問なんかに真面目に答えてあげられるほど、余裕なんてない。
 
だって私は疲れている。
 
今だって自分の荷物に子どもの荷物、スーパーで買ったたくさんの食材を自転車に乗せて、フラフラと走っている。
「家で一人、留守番している小学生の上の娘も待っている。夕飯の支度をしなきゃ。ああ、そういえば宿題も最近見てあげられてないな。学校での様子だって聞いてあげられてないや。うまくやれているんだろうか? 」
気持ちだけ先走って焦る。何もしてあげられていない自分に嫌気がさす。
 
「ごめん、今ちょっと忙しいんだ」私は口癖のように言う。
でも悪気はない。子どもたちと関わる時間も心の余裕も、本当にないんだよ。ごめん。
 
だって私は疲れている。
 
夫とは2年前から離婚に向けて別居している。
「育児・家事は女の仕事だろ、俺は一切関わらない。俺と同じだけ稼いで来れば手伝ってやるよ!」と言い放たれた時に、私の夫に対する期待や、家族としての愛情も崩れてなくなった。全て自分でやると心に決めた。
養育費、親権、住まいはどうするか……。別居から約2年、条件交渉は大詰めの段階で、そろそろ離婚は成立する。離婚すれば、金銭的にも苦しくなるだろう。
 
実家は遠方にあり、私を支えてくれる人は誰もいない。自分が倒れたら、誰が子ども達の面倒を見るのだろう。不安。焦り。自分で選んだ道だから後悔はしていないけれど、きっと子ども達も不安だろう。このお母さん、本当に大丈夫だろうか? と。
 
「そっかぁ、お月さまも、たいちょう悪いんだね。じゃあ、よしよししてあげる。おかあさんも、おつかれさま。後でよしよししてあげるね!」
 
自転車の後部座席から、娘は手を空にかざした。
よしよししようと、一生懸命、壊れた月に向かって手を伸ばす。
保育園で最後の一人になるまで待っていても、母から適当に言葉を返されても、それでもまだ壊れた月と私を癒そうとするその小さな手は、とても暖かく私の大きな心の支えになっていたのだとふと気づく。
月は、半分だけ太陽の光を受けて静かに輝き、疲れた夜を照らしていた。
 
月は、太陽の光がないと、輝けない。
一カ月のうち一日だけ満月になりパワー全開だが、後はほとんど、「壊れている」。
新月となり全く輝かない日もある。太陽の光を浴びてようやく、光を放つことができる存在なのだ。
 
私は子ども達を照らす存在ではなく、光らせてもらっていたのだ。支えてもらっていたのは、母である私。
 
母の日に向けて、娘は保育園で私の顔を描いてくれた。
絵の中の私は、にこにこ笑っている。顔の横にはメッセージが書いてあった。
 
「おかあさん いつもありがとう いつも おいしいおりょうり つくってくれて ありがとう おかあさんの ほっぺが だいすきだよ」
 
私はだいたい壊れている。
一カ月のうち一日くらいは、頑張れる。笑顔で、仕事も育児も家事も全てを完璧にこなすスーパー母さん。
でもまったく輝かない日も一日くらいある。食事もコンビニで済ませ、洗濯は溜める。掃除もしない。子どもの世話もしない。何にもしない。ダメ母さん。
残りの日は、月の満ち欠けのようにどこかしら壊れている。完璧とは程遠く、笑顔で接していることも少ないかも知れない。
それでも、私には小さくても太陽がいるから、かろうじて光っている。
 
家路につくと、長女が駆け寄ってきた。
「ねぇ、お母さん。今日は学校で褒められたんだよ! 字がとっても綺麗だって! 算数のテストだって100点だったんだよ、ほら見て!」
 
あぁ、ここにも太陽がいた。
 
私の心配をよそに、子どもは自ら光って成長している。
勝手に焦ってイライラして余裕をなくしていたのは、自分自身だったんだ。
長女の嬉しそうに報告してくれる表情を見て、胸のつかえが少しだけ取れた気がした。
今日の私は半分壊れていたけれど、残りの半分、光らせてくれてありがとう。
 
これからもたぶん私は、月のだいたいは壊れているお母さんだ。
それでも子ども達が私を少しだけ頑張らせてくれる。
今年から母の日は、私から「ありがとう」を言おう。
母でいさせてくれることに。太陽のように私に光を当ててくれることに。
 
「いつもありがとう。これからもよろしくね」
親子で言い合えたら、きっと素敵な母の日になるに違いない。
 
 
 
 
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2019-05-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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