メディアグランプリ

新生姜の酢漬け


 
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:本井彩香(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
「ゴールデンウィーク帰ってくるなら、家にある瓶を持ってきて」
母から連絡を受けたのは4月が終わる少し前。
ああ、なるほどね。
以前、実家に帰ったときのことを思い出して、
「分かった。4つあるから持って帰るね」と返事をした。
玉ねぎの酢漬けにハマっていたから、瓶を欲しがる理由はかんたんに想像がついた。
父が健康診断で引っかかってから、母はすっかり健康志向になっている。玉ねぎは血液をサラサラにしてくれるらしく、父にせっせと食べさせていた。
私にもお土産に持たせてくれたから、一人暮らしの家で毎日食べたものだ。
何日も漬け込んだ玉ねぎは辛味が抜けて食べやすく、細かく切った柚子がほのかに香るのが爽やかで美味しかった。
 
しかし、「今、新生姜の酢漬けを作っていて、低血圧、低体温にいいのよ。今の時期だけしかないし、安いし、一年はもつからね」
玉ねぎじゃなかった。
玉ねぎ好きな私はちょっとがっかりしたが、今だけ、という響きに弱かった。新生姜、という響きも新玉ねぎ、みたいに素晴らしいものに聞こえた。
だから、チューブの練り生姜は好きだけれど、大きな生姜、例えば紅生姜とかお寿司についているガリが苦手なことも忘れて、いそいそと4つの瓶を洗って干した。
 
ところで、生姜の見た目って、幼虫に似ていると思わないだろうか。2つとか3つ枝分かれしているやつは2体、3体の幼虫が合体している。
しかも、茶色い。好感度はゼロである。
そんな生姜の姿を想像していたら、新生姜は違った。
驚きの白さである。合体していない。しかも飛び出した先端が赤い。普通の生姜も新生姜もぽてっとしてうねうねして幼虫には変わりないけれど、色がつくことで、新生姜はキモかわいくなっているような気がした。私の好感度はプラスになった。
「薄くスライスしてね」
帰省した先で待っていたのは、まな板の上の新生姜たち。
自他共に大雑把な私は薄く、とか細く、とかいう指示が苦手だが、母には逆らえない。
というわけで、キモかわいい幼虫たちをひたすら解体した。
白いポテチみたいになった新生姜は、母の手によって次々と皿の上に並べられ、乾かされていく。
「新生姜は柔らかくて、普通の生姜よりも切りやすいよ」
生姜を切るのは初めてだったので、かたさの違いなんて分からない。ふーん、と受け流しつつ、切っていると、手が痛くなってきた。柔らかいんじゃなかったのか。よくよく見てみると、断面がおかしい。
「なんか毛が出てるんだけど」
「あー、そっち側に切ると切りにくいよ。繊維に沿って切らないと」
なるほど切りやすい方向と切りにくい方向があるのか。
こんな手に収まる幼虫みたいな新生姜にも繊維があって、流れがあるわけだ。
ちょっと感心した。
正直、すでに酢漬けになっている新生姜をもらって帰ることしか考えていなかったので、切る作業から始めるとは思っていなかったが、こうして新たな発見があるのだから、やってみるものである。
 
甘くした酢の海に、次々と新生姜が沈んでいく。
この時点でようやく私は、形のある生姜があまり好きでないことを思い出した。
「紅生姜とか苦手なんだけど」
「お母さんもあんまり紅生姜は好きじゃないな。大丈夫、新生姜は美味しいよ」
本当だろうか。肉より野菜派、カレーは中辛でもいける母の味覚は、野菜より肉派、カレーは断固甘口な私とは違うので、一抹の不安が過ぎる。
「それより、見てみて。この前漬けた生姜なんだけど」
「え、色が違う!」
冷蔵庫の中の瓶を見せてくれたが、白いポテチがどこをどうしたのやらピンクの花びらみたいになっていた。
テンションが上がった。
「今漬けた生姜も、こうなるよ。新生姜だけなんだよね、こんな綺麗に染まるの」
新生姜すごい。
色が変わるなんて聞いていなかったぞ。
私の不安は吹き飛んだ。
 
こうして、私の家の冷蔵庫に新生姜の瓶が新たに並ぶことになった。
迂闊にも、ゴールデンウィーク中、味見をすることを忘れていた私は、帰宅して初めて新生姜を食べた。
もう一口目から、辛い。不安が的中してしまった。
母に連絡すると、
「けっこう分厚かったからなあ。お母さんはこの辛さも好きだけど。もう少し、漬け込んでみたら?」
なるほど。私の大雑把さも辛さを助長してしまったわけか。
「どれぐらい漬けたらいいの?」
「まだ1週間は置いていた方がいいよ。いや2週間かなあ」
「分かった。1週間して食べてみて、辛かったらもう1週間漬けてみる」
と結論づけたものの、それから毎日1枚ずつは食べている。
空瓶を準備して、キモかわいい幼虫からピンクの花びらになるまでの過程を見ているうちに、愛着が湧いてしまったせいだろうか。気づくと、口にしてしまうのだ。一口目で、からっ、となるけれど、もう食べたくないとは思わない。
 
料理って、そういう作用がある。苦手だと思っていても、一から作ってみると、意外と食べられる気がしてくる。作り上げたという達成感が美味しさに加わるのかもしれない。
新生姜の酢漬けも、意外と食べられるやつである。今の時期だけ、らしいので、皆さんも作ってみてはどうだろう。
 
 
 
 
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2019-05-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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