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記事:鹿内智治(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「ずっとよく何時間も側にいられるね?」
これは私が大学生のとき、母に聞きたかった質問だ。
でもなぜか聞くのが申し訳なくてずっと聞けないでいた。
あれから10年。この質問は聞く必要がなくなった。
なぜなら聞かなくても答えが分かったからだ。
 
私は大学生のころ、月に1度、老人ホームに通っていた。
老人ホームには母方の祖父がいて、祖父と将棋を打つために通っていたのだ。
 
祖父は将棋が大好きだった
しかし老人ホームには将棋が打てる人がいないのだという。
 
「ちょっと行って相手してあげて」
 
母からの頼みに、当時の私は、正直気持ちが乗らなかった。
なぜなら片道1時間半もかかり、老人ホームの匂いや雰囲気が苦手だったからだ。
でも祖父の将棋相手をすると、必ず母親がこずかいをくれたので、アルバイト感覚で通うことにしたのだ。
 
老人ホームは少しさびれたところにある。
最寄駅から徒歩5分。
静かな住宅街のなかに建っていた。
 
入り口を入ると、中はいつも静かだった。
奥に進んでいくと、ポツンとポツンと、車椅子に座ったおじいちゃんおばあちゃんがいた。
おじいちゃんおばあちゃんの目は、どこかどんよりして、生気が抜けているようで、私には薄気味悪かった。
 
「こんな風になりたくない」
 
そんな風に思いながら奥へ進むと、今度は消毒液のツーンとした匂いがしてくる。
トイレがすぐ近くにあるのだ。消毒の匂いはどうも私には苦手だった。
 
さらに奥に進むとテレビのおいてある広間がある。
テレビの前には一日中やることもなくただぼーっと画面をみているおじいちゃんおばあちゃんたちがいる。
そんな光景を見るのは苦手だった。
 
「かわいそう」
 
と思っていた。
 
そんな広間のなかに、車椅子に座っている背の高いおじいちゃんいる。
それが私の祖父だ。
長身なので車椅子に座っても目立つ。
 
祖父のとなりにはいつも母親がいた。
母は必ず私よりも先に老人ホームに来ていて、私よりも何時間もあとに帰っていた。
 
祖父は私を見つけると
 
「おぉぉ~」
 
と声になららない声を出す。
当時祖父はすでに脳梗塞を2回やっていた。
話すのはとても大変そうな様子だった。
ただ、頭はしっかりしているし、効き手とは逆の左手は動くので、将棋はできた。
 
机のある場所に案内してもらい、将棋盤を出して将棋が始まる。
 
「ん~、ん~、んっ(じゃんけんぽん)」
 
と祖父は声になららない声を出す。
 
祖父が打つ手は決まって棒銀だった。
棒銀とは将棋の戦法のひとつで、防御は手薄で攻め重視の戦い方である。
攻めることができれば、大勝できる。
けれども、相手に守りきられてしまうと、防御が手薄なので、あっけなく負けてしまう弱さもある。まさに諸刃の剣だ。
 
いつも、祖父は棒銀で攻めてくる。
始めは私が負けていたが、いつも決まって棒銀なので、守り方はすぐに分かった。
守り方が分かると負けることがなくなってしまった。
だから、たまにあえて負けたりもしていた。
 
そんな孫の気持ちには全く気付かず、とにかく棒銀で攻めてくる祖父いつも不思議に思った。
 
当時はもうひとり不思議な人がいた。
それが母親だ。
 
母は毎週土日に老人ホームに通っていた。
 
片道1時間半もかかけて、話し相手にならない祖父の側にずっといた。
祖父はもともと寡黙な人で、話すの難しく、もっと話さなくなっていた。
老人ホームに入ったばかりのころは、しっかりしていた。
でも、だんだんとボケも始まっていたのだ。
 
たまに斑ぼけになり、気持ちが焦って周りの人に大声を上げることもあった。
そんな姿を見るのは孫の私は寂しくもあった。
でも、母はそれでも祖父の側に居続けた。
祖父の姿を目に焼き付けておきたかったのか、とにかくずーっとそばにいた。
ただただ寄り添っていた。
会話もほとんどないのにずっと側にいた。
 
「よくずっと側にいられるね?」
 
大学生の私にはずっと分からないでした。
この質問は、私がそんな母にしたかったことだったのだ。
でも、なんだか聞いてはいけない気がしてできずにいた。
 
あれから10年が経ち、私も結婚して5歳の息子を持つようになった。
毎日子育ては本当に大変だ。
 
「早く、お風呂入って!」
「テレビ終わり!」
「もう寝て!」
 
こんなことを言わないで済む日はない。
「早く!」なんて本当は言いたくない。
寝顔は本当に本当にかわいいからだ。寝ている姿はまさに天使。
そんな我が子を急かしたくない。でもどうしても言ってしまうのだ。
 
「は~子育て大変……」
 
ふと思った。
 
「俺も小さいころは親に迷惑かけたのかな」
 
そう思ったものすごく感謝の気持ちが湧いてきたのだ。
 
「生んでくれてありがとう」
 
今なら素直にそう思う。親孝行したい。素直にそう思う。
私はあと平均寿命まで50年以上あるが、両親は約15年。
自然となにかしたくなる。
なんだか健康で長く生きてくれれば十分だと思うようになった。
 
「ずっとよく何時間も側にいられるね?」
 
もう聞く必要はなくなった。
なぜなら理由がなんとなく分かってきたからだ。
のこり期間、楽しい人生を送れるように側にいたいと思う。
 
 
 
 
***
 
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2019-05-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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