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定時退社の賜物〜着付けを習ってみた


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:後藤里誉音(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
昔の人は皆、自分で着物を着ることが出来た。
 
ここで言う「昔の人」は、そう、サザエさんのお母さんのフネさんをイメージしてもらうと良い。
 
フネさんは、いつも着物に割烹着で家事をしている。家の中では大抵が着物姿だ。
 
波平さんもそうだ。
仕事にはスーツで行き、昔の人らしく帽子を被っている。
でも、家に帰ると、着物姿だ。
 
着物を着ること、それは特別なことではなく、昭和40年代頃は当然のように着物を着ていた。
 
私の祖母も、いつも着物を着ていた。朝起きたら着物だった。
母の普段着は洋服だったが、何かあれば自分で着物を着ていた。別に茶道や華道をたしなんでいた訳ではなかったが、七五三や入学式、親戚の結婚式には自分で着物を着付けていた。
 
なんとなく大人の女になったら、着物を自分で着付けることが出来るようになるような気がしていた。
 
ところが、実際には大人になっても、中年に差し掛かっても、着物とは縁のない生活だった。
このままでは、おばあちゃんになっても、自分で着物を着付けられない女になってしまう。
 
何か罪悪感を感じた。もちろんそんなことに罪悪感を感じることはないのだが、女として大切な何かを失っているような気がしたのだ。
 
そんな思いと、働き方改革が重なった。
 
社会人になって、ずっと帰宅が遅い日々だったが、「定時退社の日」という新しい風が吹き始めたのだ。
 
せっかく定時で帰れる日があるのなら、何か習い事を始めたいと思っていたのだった。
 
早速、いくつかの着付け教室を調べ、全国展開をしている教室で、「口コミ」を読んで問題なさそうなところを見つけた。
 
七五三と成人式は記憶にあったが、それ以外は着物に触れたことすらなかった。
用語も知らない。
着物、帯、草履、その他は、一体何を揃えれば着物姿が成立するのかすら分からなかった。
 
教室には、着物姿の美しい先生方が並んでいた。
私を担当してくれることになったのは、藤あや子さんのような美しい先生だった。
 
まずは座学で、着物について学んだ。
とても興味深いことばかりだった。
 
着物には厳密な季節があること、「季節感」ではなく「季節」だった。この季節を間違えることは致命的なことだということを教えられた。TPOも厳密だった。
 
でも、このような知識は窮屈というより、知ることで安心できると感じた。
決まりに従ってさえいれば、恥ずかしくない。
 
洋服は時代遅れでないか、とか、自分に似合っているか、このシーンでこのスカート丈は相応しいかなど、不安になることがあるが、着物は正しい知識さえ身につけておけば、マナー違反になることはないからだ。
 
最初は着物と帯のコーディネートなどよく分からなかったが、徐々に帯締めも含めたコーディネートに魅力を感じてきた。
 
年配の先生もいたが、着ている着物は花柄だったり、薄いピンク色だったりと、洋服よりも遥かに華やかなものを身に纏っていて美しかった。これは、着付けが出来るようになったら、70代以降もオシャレに過ごせそうだ。
 
座学で学んだ後は実技だった。
 
あまり、頭で考えさせてはくれなかった。
 
ひたすら、言われるままに手を動かした。
 
ここで左手の親指を添えて、しっかりと布を引っ張る……。
右手を返して手の甲を見せるように……。
 
理屈で教わっても、自分の背中で起きていることを頭で考えてしまっては手が動かなくなるからだろう。
 
とにかく心を無にして、ひたすら型を覚えるというような感じだった。
 
心を無にするあたりは、やはり「日本の心」だと思った。
 
若い頃、弓道部に所属していた事があったが、着付けは「道(どう)」に通じるものを感じた。
 
最初は全然上手く出来なかった。
 
簡単な動きの筈なのに、なかなか覚えられない。
 
でも先生は、決して焦らせるような事は言わなかった。
 
「とにかく身体で覚えてしまいなさい」と言って、何度も繰返してくれた。
 
覚えは悪かったが、それでも人間の力は大したものだ。だんだん出来るようになってきた。
 
「着付け」はトコトン日本人の心だ。
 
というのも、この着付け教室では「畳半畳の広さで着替える」というスタンスがあった。
畳半畳の中に、畳んだ着物と帯を置き、そこから小さな動きでサッと着替えてしまうのだ。
決して人の邪魔にならないように、着替えてしまうのである。
 
また、脱いだ着物も、畳半畳の中で美しく畳む技も教わった。
洋服は立体裁断だが、着物は平面だ。そのため、畳む事がとても簡単で、かつピッチリと畳む事が出来る。そこにも美学を感じられた。
仕事の後の教室だったが、授業の後、静かに丁寧に着物を畳む時、心の安らぎを感じた。
 
さて、着付け教室は「教室」だけに、テストがあった。
15分間で、畳半畳の中で、留袖を一人で着るという試験だった。
 
手の動きに無駄があってはいけない。教えてもらった通りの動きを辿ると、時間内に美しく着る事が出来る。
 
最初の頃は神業だと思ったが、訓練によって出来るようになった。
 
二人一組になって、成人式の振袖を着つけるという試験もあった。
 
これもクリアした。
 
週一回定時退社の日に、約3年間教室に通い、いくつかのテストをクリアした暁には、「看板」を授与された。この看板があれば「着付け教室を開いても良い」というものだった。
 
この年齢になって、新しい事を身につけられた事はとても嬉しかった。
しかも、茶道、華道、書道と「看板系」はいくつもあるが、着付師の看板は、それらと比較すると道のりは平坦に感じた。きっと、着物文化を廃れさせず、より多くの着付師を世の中に増やして普及させたいという願いが根底にあるからだと思う。
 
そして、着付けは昔の人は本当に誰もが出来ていたことで、難易度の高いスキルではないという事。訓練さえすれば、誰でも出来るという事だ。
 
普段、着物を着る機会はあまりないが、これからは出来るだけ着物を着て出かけよう。
 
そして私には、新たな夢が出来た!
 
この技術を持って、いつか海外に渡りたい。そして、海外で暮らす日本人や外国の人達に、着物文化を伝えられたらいいなあと思っている。
 
定時退社は思いがけない賜物を残してくれたのだった。
 
 
 
 
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2019-05-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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