恰好いいおばさんは、お節介おばさん?
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:松本 ようこ(ライティング・ゼミ火曜日コース)
立川から新宿に着くまで、私は中央線特急かいじの車内で悶々としていた。
その朝、私は着物を着て特急かいじに乗っていた。とても行きたかった講座に出席するためだ。講師の方への敬意と感謝を表したかったし、気を引き締めて受講したかったので、あえて着物を着たのだ。
着物を着ている時は、たいがい通路側の席を選んで座る。私が乗った特急は結構混んでいて、私の隣の窓側の席も既に予約されていた。
私が乗ってからいくつかの駅に止まった時、私の横に立つ気配があった。若いお母さんがスリングという抱っこヒモに1歳くらいのお子さんを入れて立っていた。
「お隣ですか?」
そうだった。後ろの席には、ご主人と上のお子さんが座っているらしい。男の子の声で、「ママは?」と言っているのが聞こえてくる。
お母さんに抱っこされていた子は、目がクリクリしていて、じっとこちらを見ている。
「こんにちは」と声をかけてみるも、恥ずかしがって顔をお母さんの胸に埋めてしまった。
私が着物を着ているからだろう、お母さんは膝に乗せている男の子の手が私に届かないように気にかけているのが伝わってくる。なにしろ1歳の子ってなんでも口に入れるし、涎も出て、手はベタベタ。私も2人の子どもいるのでわかる。そんな手で、着物に触っちゃったら! わかる。冷や冷やものだ。着物を着ていてごめんなさいね。心の中で謝った。
ちょっとぐずり始めた男の子。なんとかその子のご機嫌を保ちたいお母さん。わかる。痛いほどわかる。一度ぐずると、収取つかなくなるものね。車内前方には大人数の団体が座っていて、宴会が始まっていた。かなり賑やかな様子。お母さん、その子よりあっちの大人のほうがうるさいくらいだから、大丈夫よ。その子だって、この状態がストレスでぐずってるんじゃないかしら? 私だってイラっとするもの。そう言ってあげたかった。だって、小さい子と一緒のお母さん、お出かけするだけでかなり疲れるのに、その子が「いい子」でいれるようにずっと気を使うもの。ちょっとでも気が楽になってほしい。十数年前の自分が思い出される。
子どもが大好きなわけではないけれど、決して嫌いではない。ちょっと話しかけてみることにした。私が黙って座っていたら、更に気を使わせてしまうような気がしたから。抱っこヒモが、私が使っていたのと同じもので、「これ、スリングですよね? 私も子どもが小さかった頃、使ってたんですよ」
そこから、ポツポツと会話が始まって、家族構成などの話をした。私も話しているうちに、男の子が着物を触ってもいいやと覚悟ができた。その日は気温が上がりそうで、どのみち汗かいたら着物は悉皆にお手入れに出すのだから。それより、この親子にいい時間を過ごしてほしいな、と思った。
立川の手前で、何やら荷物をまとめている。
「あら、もう降りるの?」
「そうなんです。これから、トトロに会いに行くのよね」と男の子に話している。
そうか。家族でジブリ美術館に行くのね。
さようなら、をして、ふと窓を見ると……。汚れている。正確には、汚れを拭いたのだが、更に広範囲に「曇って」しまっていたのだ。男の子がぐずった時、クリームパンを食べた。小さい口できれいにパクンと食べられるわけもなく、口の周り、はたまた口に持っていた手にクリームが付いていた。その手で窓を触ってしまったのだ。あるある。我が家の子たちは、鼻をほじった指を嬉々として窓にこすりつけていたわよ。心の中で言った。お母さんも気になっていたようで、荷物をまとめている時に、拭いていた。ほんと、いろいろ気遣いがあるわよね。お母さんも今日一日楽しんでね。心の中で願った。
お母さんの気遣いが、残念ながら功を奏していなかった窓。いつも掃除は手抜きだが、窓磨きだけは気合を入れているだけに、気になった。次の人が座るまでに、ちょいっとティッシュで拭いておこうかしら。そのほうが次の人が気持ちよく座れるものね。と思っていたら、立川から乗ってきた男性が座ってしまった。しかも、疲れていたのだろうか、窓に頭をつけて寝てしまった。その男性が窓の汚れを気にしていないことは一目瞭然だ。でも私は新宿で降りるまでずっと気になっていた。もう少しスマートにお母さんのお手伝いができなかったものか、と。お母さんがもう少し気が楽になる対応はできなかったものか、と。
家に帰って夫に、「いろいろ悶々としちゃった」と話した。すると夫は笑って、「あなたらしくないじゃない。いつものお節介の調子で、『これ、私拭いときますね』とか、何とか言ってやっちゃえば。あれだよ、有川浩の『阪急電車』。映画見た? あの宮本信子になればいいんだよ」
ああ、あの宮本信子が演じたおばあさん。あれは格好よかった。電車でたまたま行き会った人に、自分の意見を淡々と言いながら、心弱ってる人には勇気を、迷惑な人には倍返しを、与えていた。どうしたら、ああいう芯のぶれない人になれるんだろう。絶妙な距離感で瞬時に対応できるなんて、恰好よすぎる。映画の場面を思い出してみた。周りの人は、聞き耳は立てていただろう。だが顔を前に座って我関せず。宮本信子が演じたおばあさんは、お節介なだけなのか? もしかしたら、お節介を精進した究極の形が「恰好いい」になるのか? だって、日常の車内で知らない人に話しかけませんよね? 生命の危機に関わる状態でないかぎり。だとしたら、私が恰好いいおばさんになるチャンスあり! お節介をいい形で精進していこうと思った。
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