メディアグランプリ

結局、最後はこれ。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【6月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:門脇伊知郎(ライティング・ゼミ火曜コース)
 
 
JR浅草橋駅を降り、神田川を背にして蔵前方面へ江戸通り沿いを歩いていた。
この通り沿いは、玩具や人形、店舗装飾品などの問屋街として栄えてきた場所。今では、アクセサリーパーツや手芸品小物などを取り扱う店も多く、「ハンドメイド天国」と言われることもあるそうだ。
 
平日の昼間だというのに、かなりの人通りだ。外国人観光客らしき一行も多く行き交っている。こういう場所は、日本の生活を感じる市場のようで彼らにとっても面白い場所なんだろう。私たちがアジア旅行の際に様々なマーケットに出かけるのと同じだ。
 
お目当ての店は、角に小さく店を構えた金属パーツ屋だ。店頭には鉄製のパーツが段ボールに大量に入った状態で無造作に置かれている。不用心とも言えるが、そのリングのような部品をどう使うかも見当はつかないし、見た目は明らかに何かの部品であり、そのままで価値を提供できる品物でもない。これを盗むような人がいるのならば、それはかなりのマニアか、同業者であろう。同業者が密集するこのエリアならば気にすることはないということか。
 
少し建付けの悪いガラス戸を横に開け店に入ると、先客が1名。男性店員と大量にパーツのようなものが入った箱を目の前にいくつか並べ話し込んでいる。仕入れの交渉にようだ。
私がその商談を邪魔しないよう、彼らの外側を回り込みながら店内を見回していると、中年女性店員が声をかけてきた。
「何か、お探しですか?」
すごく自然な声掛けに、何の抵抗もなく口を開いた。
「バッグの肩掛け紐を止める金具が壊れてしまって……」
左の肩にかけていたエディターズバッグを下ろし、肩掛け紐とバッグをつなぐ部分に取り残されていた、壊れた金属パーツを見せた。
「あー、なるほど。このタイプは壊れやすいんですよね。でも同じタイプの金具はうちには置いてないですよ」
 
別に同じものでなくていい。このバッグが機能すればそれでよかった。
エディターズバッグは、大きな収容能力とデザイン性が特徴で海外の編集者が取材時に利用していたと言われているもの。その多くはトートバッグのように手持ち部分が、肩が通るほどの長めであり、さらに肩に掛けることが予め想定されていて、太めの設計のものが多い。また、多様なニーズに応えるため2WAY仕様というスタイルも増えており、肩掛け専用のストラップが付いているものがある。
私の物もそのタイプだ。
手持ちがメインであることは変わらないので、仮に肩掛けストラップの繋ぎ目の金具が既製品ではなくても目立つこともないし、あまり気にならない。頑丈であればそれでいい。
 
別にこだわりはないので、壊れにくいものを付けたいと彼女に依頼をすると、手慣れた感じで壁面に並ぶたくさんの引き出しを素早く開け閉めを繰り返し、その中からリング状の留め具パーツを持ってきた。少しくすんだ金色は、アドベンチャー映画で出てくる宝箱の鍵のような感じ。ビンテージ加工というのだろうか。光沢もなく主張もない。いい選択だ。
元々付いていた金具はやや黒みがかったシルバーのような如何にも金属というような輝きのあるもの。たいぶ違う色だが、バッグの皮の色は濃い目のネイビー。悪い組み合わせではない。彼女に即OKを出した。
 
その場ですぐに交換をお願いした。
最初に壊れた金具を大きなニッパーのような切断工具で切ることにした。バッグを作業台に乗せ、彼女が工具の刃の部分を壊れた部品に合わせ、軽く取っ手を絞った。いとも簡単に切れ落ちた。そして新しいヴィンテージカラーの留め具を付け始めた。
 
「すごく使いやすそうな鞄ですね」
作業をしながら彼女が言った。
「はい。とても使いやすいんです。結構ネットとかで探してようやく見つけたもので、安物なんですけど、まだ使いたいんで買い替えではなく修理にしたんです」
私の言葉を聞いて彼女は頷きながら作業を進めた。
 
これまでたくさんのバッグを仕事で使ってきた。
社会人になり立ての頃は、やたらたくさんの資料を持ち歩いていたため、容量が大きなもので書類が曲がらないものを。フライトケースのようなもの。
少し慣れてきて要領も良くなり、持ち運ぶ荷物も整理でき、バッグの大きさも一回り小さくして、ちょっとスタイリッシュな感じでアタッシュケースを愛用していた時期もあった。
仕事が変わるだけでなく時代も変わり、常にパソコンを持ち運ぶようになった頃は、バッグの中にはパソコンを保護するクッション材のようなものが入ったビジネスブリーフケースと呼ばれるものを使い、その後、リュックタイプのものも使ったこともあった。
そしていろんなタイプのものを使った結果、今の仕事と自分に一番適しているのがエディターズバッグだった。
 
作業が終わり、バッグが手元に戻ってきた。
お会計をしにレジまで行く。
「お会計は、380円です」と彼女が言った。
「えっ、そんなに安いんですか? 工賃も込みですか?」
「工賃??」
不思議そうに私を見てそう言った後、一呼吸おいて口をはっきり開いて笑い出した。
「工事なんてしていませんよ。私どものオリジナル商品をお客様の大切なバッグにつけさせていただいただけです。費用なんていただきません」と。
小銭入れからお釣りナシでぴったりコインを出した。
 
店を出る時、彼女が私にかけた言葉は今でも覚えている。
「鞄のように奥さんも大事にしてくださいね」
何か見透かされたようで妙に心地よい買い物だった。
 
 
 
 
***
 
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2019-05-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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