メディアグランプリ

羽の手


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:河上弥生(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
いつものように、職場へ向かう朝のことだった。
 
玄関から出て、ふと顔を上げると、斜め向かいのおうちのブロック塀の上に、カラスがいた。
 
塀のうえに並べられたお花のプランターにクチバシを入れて、何かをつついているようだった。
 
うちの前は、車がすれ違えない幅の道だ。だから、カラスはけっこう近くにいた。感覚としては4mくらい先。
 
恐怖感がわたしの首すじをちらりと這いのぼった。接近遭遇したひとならわかるとおもうが、近くで見ると、カラスってけっこう大きいのだ。体格の良いネコくらいはある。そして、真っ黒で、ツヤツヤしていて、クチバシも太くて、とんがっている。正直、ネコよりかなり怖い。母カラスが巣の近くを歩くヒトを攻撃する、ということも聞いている。
 
目が合った。
 
わたしは、気づかなかったふりをして目をそらし、いつものように駅に向かって歩き出した。
 
つぎの瞬間、羽ばたきの音がした。
 
大きな羽が、わたしの髪をすくいあげた。
 
!!!!!
 
後頭部に、はっきりと、羽が、下から上へ撫であげた感覚があった。
 
「なに? なに? なに?!」
 
何が起こったのかわからず、反射的に身をちぢめた。こわごわ、空を仰ぐと、わたしの進行方向、2軒くらい先のおうちの屋根のうえにヤツはいた。
 
そして、顔をかたむけて、わたしをじいっと見ていた。
 
かれは、まちがいなく笑っていた。
 
ニヤニヤ。と空に大きく書いてあるようだった。
 
「なんなの? もう……」
 
不思議と、そのカラスから、敵意は全く伝わってこなかった。
言うならば、遊んでいる感じ。わたしの反応を楽しんでいる感じ。
 
攻撃したかったなら、わたしの頭を足の爪で引っかくとか、クチバシで突っつくとか、いくらでもできただろう。しかし、そのようなことはなかった。
 
かれは私の頭を撫で上げ、ニヤニヤしながらわたしを見下ろしていた。
 
「今の、どうだった?」
 
とでも言いたげに。
 
あのカラスは、手ならぬ、羽を、わたしにのばして、触れていった。
 
ヒトの手は、いろんなことができる。
ものを持つ、野菜の種をまく、魚を捕る、料理をする、洗濯をする、機械を組み立てる、愛する存在をいとおしむ……
手をつかって、ほかの誰かとの距離をちぢめ、かかわることができる。
 
カラスの手も、ただ飛ぶだけではなくて、ヒト(私)に触れて、親しく? なるなんてこともできるのだった。すごい。今まで、そんなこと考えたこともなかった。
 
ある週末の朝、母が一人で何か話しているのが聞こえた。私に話しかけているのか、と近寄ると、そうではなかった。
 
母は窓の外を見ていた。
 
私に気づくと、
「あれ、見て。よく来るんだよねー」
と言う。
 
母の指の先をみると、お隣のおうちの屋根の上にカラスがいた。
 
青い瓦のはじっこにとまり、こちらを見ている。
 
「わたしが窓を開けるまで、あそこで、ギャーギャー鳴くんだよ。だからね、こうして、カー子、おはようー、って言ってやるのさ」
 
カラスは澄ましている。
 
あの、人を食った感じは、まちがいない。わたしをからかったカラスだ。
 
「お花に水やりしているとき、わざと近くに飛んできたりするしね」
と、母が言う。
 
なんと、母にもちょっかいを出していたとは。
 
母はそのカラスを「カー子」と呼んでいるが、わたしはオスだと思うので、心のなかで「カー助」と呼んでいる。
どうも、メスがそういうことをするとは思えないのだ。ヒトのこどものことを考えてみてください。いたずらっ子は、たいてい男子でしょ。
 
よくよく話をきくと、うちの娘も、母も、カラスが低空飛行をしてきておどろいた経験があったが、アタマを撫でられたことはないという。
 
うちの息子はというと、朝、登校前、自転車に乗ろうとするときに、カラスが近くにいることはあるが、彼の姿を見ると一瞬で飛び去るそうだ。低空飛行もしてこない。
 
ということで、カー助は、おちょくる相手を、確実にえらんでいるのだとおもう。誰でもよいわけではないのだ。
うら若きヒト女子から、熟成ヒト女子まで平等にからかうのが、カー助の趣味らしい。
 
あんなカー助でも、さすがにヒト男子は怖いのだろうか。
もしかすると、たまに息子が竹刀で素振りをしているのを見て覚えていて、
「あれは棒を振り回すアブナイ奴だ」
と、警戒しているのかもしれない。
 
晴れた朝には、カラスや、スズメの姿を見ることが多い。たまにセキレイ、季節によってはムクドリ、メジロもいる。
カラスは、かあかあと鳴きながら高い空を飛んでいくし、スズメは、ヒトに気づくと、あわてふためいて逃げていく。
 
どのトリも、カー助みたいに、私に触りに来ないなあ。
 
今からおもえば、カー助の大きな羽で撫でられたのは、きもちよかった。
誰かと、手をつないだ瞬間のように。
 
カラスに撫でられたひとって何人くらいいるんだろう。カラスが笑っているのを見たひと、私のほかにもいるかなあ? もし、そのようなひとがいたら、カラスにからかわれた者同士、お話をしてみたい。
 
カー助は、あの朝、わたしが驚いているのを見て,おもしろがっていただけだろう、とずっと思っていたけれど、もしかしたら、わたしに、元気出せよ、って言いたかったのかもしれないね。
 
貴重な体験ありがと。
 
また、遊びに来てね。
 
 
 
 
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2019-06-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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