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メディアグランプリ

死ぬまでずっと、子どもでいたい


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【6月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:豊福 直子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
しくり、と歯が痛む感覚があって、私は「最悪だ……」と思った。
間違いない。あきらかに虫歯だ。歯医者に行かなければいけない。
行きたくないが、放置すればもっと痛い思いをすることは目に見えている。
仕方ない。私は覚悟した。
携帯を手にして、父に連絡をする。
歯医者に行くのはいつぶりだろうか。勇気がしぼんでしまわないよう、3日後に予約を取る。
併せて、ちょうど今月消化しなければいけない代休があったことを思い出し、その日にとることを決めた。
 
父は歯医者だ。
私は幼いころから、歯の治療と言えば父にしかしてもらったことがない。
子どもにとって恐怖の対象でしかない歯医者だけれど、大人になっても案外その怖さは変わらないものだ。
だからだろうか。
実家を出て隣県で暮らすようになってからだって、私はなにかあるたびにわざわざ父に診てもらうのだ。歯医者なんていくらでもあるにも関わらず。
「歯医者さんはおとうさんじゃないと怖い」。
思い込みなのかなんなのか、私はどうしても父以外に治療をしてもらうことができないのだ。
 
予約日当日、2時間ほどかけて父の待つ歯科に到着する。
受付を済ませ、職場の方に手土産を渡していると父が現れた。
いつもの白衣。
子どものころは、白衣の父がちょっとこわいな、と思っていた。
でも目尻にしわを寄せてにかっと笑う父を見ていると、ギャップで逆にとてもかわいらしく見える。
白髪がずいぶん増えたな、とぼんやり思う。
 
診療台に横になると、上からカッと照明で照らされた。
いつのまにかマスクをした父がのぞき込んでいる。
歯が痛む部分を「ここ」と指さして知らせると、金属の器具で歯を探られた。
毎回緊張する瞬間だ。
しばらくして、父が口を開く。
 
「これは虫歯じゃない」
 
へ? と私は拍子抜けした。え、でも、痛い気がするんだけどな。
なんども器具でその部分を確認しながら父が言う。「これは虫歯じゃないよ」
 
なんてことだ。あんなにびくびくしていたのに、私はそもそも虫歯ではなかったのだ。
ほっとすると同時に、わざわざここまで来たのにという気持ちで脱力してしまう。
 
「ここは違うけど、ほかに小さい虫歯があったから治療しておくね」
そう言って軽く削られたけれど、覚悟していたほどの痛みはなかった。
「あと、歯が上手にみがけてない」
どこからともなく歯ブラシが出てきて、こうやってみがくんだよと説明つきで実践される。
歯みがきをしてもらうなんていつぶりなんだろう。子どもに戻ったような気分だ。
 
こうして、治療はあっけなく終わったのだった。
 
帰りは父の車で一緒に帰宅することにしていたので、父の仕事が終わるまで病院内で待っていることにした。
父が「休憩室で待ってるといいよ」と言うのでうしろからついていく。
「家族って言っても部外者だしな、大丈夫かな?」とちょっと不安になると
「職員が子ども連れて来てたりもするから」と父が言う。
「そっか、じゃあいっか」と納得すると、
「でもほとんどが未就学児だけど」と言って父が笑うので、私も思いきりふき出してしまった。
 
父の仕事が終わり、職員用出口から裏手の駐車場へと出た。
病院のすぐ裏には線路が走っている。田舎なので二両編成の鈍行が走るような、かなりローカルな線だ。むき出しの線路の両サイドには、いろんな花や植物が無造作に生えている。
「ここいいよねえ」と言うと、
「春になると桜と菜の花がいっしょに咲くんだ」と父が言う。
一瞬でその光景が目に浮かんで、思わず「うわあ、いいなあ」と笑顔になってしまう。
来年の春あたりに、また来れるだろうか。
 
父の車で家に帰ると、母も仕事から帰っている。
「なに食べたい?」と聞かれて「豚肉!」と答えた私の雑なリクエストに、豚カツをたくさん揚げて待っていた。
「今日は庭で食べよう」と母が言うので庭に目をやると、いつのまにか買ったと思われるテーブルとイスのセットが置いてある。
「仕事だからあんまりいろいろ作れなかったけど」と言うわりに、出来上がったおかずたちをテーブルに並べてみるとなかなか豪華な食卓になった。
 
年末以来だったから、実家で食べるごはんなんて久しぶりだ。
父はビールを美味しそうに飲んでいる。
ごはんを食べ終わると父は、趣味でやっているウクレレを取り出してサザンやビートルズを弾き始める。
「のどかだねえ」
あまりにものんびりした光景で、思わず笑ってしまう。父も楽しそうにしている。
 
忘れかけていたけれど、子どものころはこんな風に、リラックスして父と向き合えたことがなかったような気がする。
朝晩の挨拶と、お礼を言うときは必ず敬語だった。
別にそうしろと教育されてきたわけではないけれど、父への恐怖心がそうさせていたのだ。
父はとても厳しかった。だから、ひとつ上の姉といつもびくびくしていた
「おとうさんが怒らないように」。
私たちふたりの、むしろ母も含めた家族の中の、暗黙のルールだった。
 
だけど、休日はキャンプやバーベキューをしてくれたり、旅行や海に連れて行ってくれたり、家族と過ごす時間をとても大事にしてくれる人でもあった。
家族のことが大切でたまらない人だった。
 
振り返って思う。
私は当時も、今と同じように笑えていたのだろうか。
父の顔色をうかがって、子どもらしくはしゃげていなかったのかもしれない。
いつかの沖縄旅行で、まぶしそうにしている姉に「なんだ、その顔は」と言った父の顔を今でも覚えている。
子どもからすれば理不尽極まりない話だけれど、きっと父は楽しんでいるのか気がかりだったのではないか。
そう思うと、楽しいよって、連れてきてくれてありがとうって、もっとその時にちゃんと伝えられたらよかったなと思う。
 
けれど、私は幸い死ぬまで「父の子ども」でいることができるのだなと、見慣れた庭を見渡しながら思った。
もしかするとそれは、親に対する子どもの最大の特権なのかもしれない。
だから大人になった今だって、これからだって、子どもらしく接したっていいはずだ。
きっと、父もそれを待っている。
 
今日はたくさん笑ってくれてうれしかったな。今度は、歯が痛くなくても帰ってこよう。
そう思って、私は帰りのバスに乗り込んだ。
 
 
 
 
***
 
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2019-06-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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