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メディアグランプリ

3年に一度のエンゲージリング


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:井村ゆうこ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
我が家の本棚にまた一冊、ガイドブックが増えそうだ。
だからと言って、夏休みの旅行を計画しようとしているわけではない。
私にとってガイドブックとは、3年に一度新しくなるエンゲージリングなのだ。
 
夫はいわゆる転勤族。約3年周期で日本全国を渡り歩くという社会人人生をかれこれ25年続けている。そんな夫と結婚して10年以上経つ私も、夫と共に今まで5回引越しを繰り返してきた。辞令が言い渡される時期はある程度予測できるが、転勤先は全く予想がつかないし、事前に教えてもらうことも叶わない。転勤発表の日に初めて、社員も家族も引越し先がどこであるかを知ることになるのだ。
 
それからは怒涛の引越し準備へと突入だ。夫は仕事の引き継ぎを終えた後、すぐに赴任地へと旅立ってしまうので、引越し準備は全て私ひとりでやっつけなくてはならない。
引越しはとにかく面倒くさいことの連続だ。各種届出から始まって、引越し業者の選定と見積依頼。新しい住まい探しから家中の全てのものを段ボールへと詰め込む作業まで。引越し当日の朝は、ほぼ毎回徹夜明けで迎える。
 
そんな面倒くさい、あれやこれやをやりきるには目に見えるモチベーションが必要だ。そのモチベーションを与えてくれるのが、一冊のガイドブックなのである。
 
辞令発表の日、夫から転勤先の地名を聞いた私は、まず真っ先に本屋へ行く。そこで彼の地のガイドブックを片っ端から立ち読みし、一番気に入ったものを一冊購入する。
家に帰ってから、一ヶ月後にそこへ旅行に行くつもりでじっくりと、ガイドブックを読む。ここでポイントとなるのは「旅行にいくつもり」で読むことだ。決して「暮らしにいくつもり」で読むのではない。
なぜなら、辞令発表から引越し当日までの、約一ヶ月間を乗り切るために必要なのは「早くいってみたい!」というワクワクした気持ち、旅行前のあの高揚感だからだ。
 
ガイドブックには旅行者におススメの観光スポットやおいしいお店、絶景の場所、そこでしか味わえない郷土料理などが載っている。そして、それが、地図に落とし込んである。
この「楽しい・美しい・おいしい・おもしろい」がつまった地図で、引越し先の土地をまずは見つめてみること、それが私にとって重要なのだ。
 
実際の引越しに必要な情報はガイドブックの地図には載っていない、行政機関や学校、病院といった類の情報だ。そういった情報だけが載った地図を始めに見て、「早くいってみたい!」と思えるだろうか? 少なくとも、私には無理だ。
 
転勤の多くは会社の都合で決められるため、突然やってくることがほとんどだ。中には社員本人や家族の意向を尊重してくれる会社もあるが、圧倒的に少数派だろう。
自分の意思とは関係なく引越しを迫られる転勤族の中には、新しい土地に馴染めず「転勤うつ」になってしまったり、外に出ていく気力が無くなって、引きこもり状態に陥ってしまう人もいる。特に「転妻(てんつま)」と呼ばれる転勤族の妻の中には、少なくない割合でいる。
それはそうだろう。異動に伴う引継ぎなどもあって、引越し前後は普段以上に忙しくなり、帰りも遅くなる夫。一方、妻は仕事を一旦辞めざるを得ない場合が多いため、家にいる時間が増える。私も引越し後何週間かは「今日一日で会話したのは、スーパーのレジ打ちのおばちゃんだけ」なんてこともあった。これでウツウツするな、というのは酷な話ではないだろうか。
 
この転勤うつを回避する方法はひとつしかない。
それが、「ずっと行ってみたいと思っていたところに、やっと来ることができた!」という旅行者のよろこびと興奮なのだ。そのためのツールとして私が選んだのが、ガイドブックなのである。
 
この引越しに対する高揚感を与えてくれるガイドブックには、結婚前に贈られるエンゲージリングと同じ輝きが宿っている。
 
「結婚しよう」
「はい」
ことばの内容はそれぞれのカップルによって違うだろうが、このやり取りを経て婚約、結婚と進んでいくことが多いだろう。婚約指輪ははっきり言って、あってもなくてもいい。私自身も当時、必要ないと夫に言ったが、夫が「けじめだから」と買ってくれた。
 
その指輪を受け取った後も、実は結婚に対する迷いは残っていた。
私の親が反対していたことや、全く知らない土地へ嫁がなければいけないこと、夫がひとりっ子でバツイチであることなどなど……。
しかし、気持ちが引き戻されそうになったとき、エンゲージリングをみると夫との新しい人生が待ちきれない気持ちがよみがえった。ふたりの未来に対する高揚感に包まれた。
そして、そこには一度は結婚に失敗し絶望した夫の覚悟が込められているようだった。「今度こそは」という覚悟が。
 
転勤発表の日がまた迫っている。
もし、転勤の辞令が出たら、私は本屋でガイドブックを買う。
人生の新たな場所へ飛び込む覚悟を決める、高揚感を手にするために。
 
 
 
 
***
 
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2019-06-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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