「肉飯は青春なんよ」
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:村尾悦郎(ライティング・ゼミ日曜コース)
「えっ? お前、長門に住んじょって肉飯(にくめし)知らんのか?」
「信じられない」という顔で中西さん(仮名)は僕に言った。
あれは、僕が東京から山口県長門市にUターンして1年目。職場の人たちとの飲み会だった。
何気なく、僕が前の日に行った中華食堂の話題を振ったことが、肉飯との出会いのきっかけとなる。
「長門に帰ってきてよかったなと思ったのが……昨日、初めて桃屋食堂に行ったんですよ」
その食堂は「桃屋食堂」という名前で、昔から地域に親しまれている有名店だ。僕は桃屋にそれまで一度も行ったことがなく、Uターンしてからようやく訪れたのだ。
「あ~、桃屋。昔からあるよね」
と、中西さんは「今さら桃屋?」という顔で相槌を打つ。お構いなしに、僕は前の日の感動を中西さんにぶつける。
「半チャンラーメンがすごくおいしくて! ラーメンもうまいし、チャーハンもなんだか安心する味でよかったんですよ。僕、Uターンして『もうお気に入りのラーメン屋では食べられないんだな』って、ちょっと寂しかったんですけど、『桃屋があるから大丈夫だ』って思えたんですよ!」
しかし、中西さんは「分かってないな」という顔で首を横に振り、僕に言った。
「いやいや、ラーメンもうまいけどさ、やっぱり桃屋といったら『肉飯』やろ」
「え、肉飯? 肉飯ってなんですか?」
――ここで冒頭の場面に戻る。
「肉飯」なる食べ物を知らない僕に、中西さんはスイッチが入ってしまったようで、早口でまくしたてた。
「えっ? お前、長門に住んじょって肉飯(にくめし)知らんのか? 桃屋行ったら肉飯食わんにゃ!」
と「肉飯」を勧めてくる。語感から「牛丼のことだろうか?」と思いながら、質問を返した。
「どんな食べ物なんですか?」
「どんなってな、白飯にあんかけが乗った丼なんよ」
……どうやら牛丼ではなさそうだ。餡かけというと、中華丼か天津飯的なものだろうか? 質問を続ける。
「餡かけ? 中華丼みたいなものですか?」
「近いけど、肉飯は違うんよ。もっとシンプルで、白菜と肉だけなんよ」
……え? 何それ? 手抜きの中華丼? 「手抜き」という言葉はグッとおさえたが、心の声ほぼそのままに質問をぶつけた。
「え~? それって本当においしいんですか?」
「バカ、肉飯はうまいぞ! いっぺん食うてみい!」
……よく分からないがうまいそうだ。こうなると興味がムクムクと湧いてくる。
「どんな風においしいんですか?」
「それは説明しづらいな……なんて言うかな。肉飯はな~、“青春”なんよ」
……「どんな風においしい?」と聞いても、なぜか“青春”と帰ってくる。ますます興味が湧く。
「“青春”ってどういうことですか?」
「うーん……つまりな、俺らが高校の時、部活帰りに桃屋――その当時は桃華園っちゅう名前やったけど、そこに寄っていつも食いよったのが肉飯なんよ。だから、“青春の味”ちゅうことなの。ええからいっぺん食うてみい!」
中西さんは照れくさそうに言い放ち、話は強制終了。翌週、“青春の味・肉飯”に迫るべく、僕は再度桃屋を訪れた。
「ハイ、肉飯です」
ドンっと置かれた大きな丼にまずビックリし、その中身に二度驚く。
「ホントに肉と白菜だけだ……」
中西さんの言葉通りのシンプルな佇まい。しかし、予想外だったのはその餡の量だ。片栗粉トロトロの餡が、「これでもか!」と器から溢れんばかりに盛られている。カレーのように、「ごはん余っちゃった」なんてことはまず起こり得ない量。シンプルな見た目なのだが、実物を目の前にすると威圧感さえ感じる。
一口食べてみると、まあ、見た目通りというか、非常にシンプルな味付け……だが、確かにうまい!
中華風の塩ダレと豚コマ肉のうまみに白菜の甘み、それぞれが独立した味を主張しつつも、餡の中で合わさって一つの味を作る。その餡が、ご飯との混ざり具合で少しずつ味が変化するのだ。その微妙な味加減を色々試しながら食べることで、飽きずに、いっぺんに食べきれる。あんかけ好きにはたまらない、ガツガツとかき込むのが似合う、まさに男の子のためのメニューだった。
肉飯は「いっぱい食べれるおいしい食べ物」だった。確かにこれは、うまさを説明するほうがヤボかもしれない。
「肉飯食べました。うまかったです!」
後日、中西さんに会った時、開口一番にこのことを伝えた。中西さんはうれしそうに
「おっ! そうかあ! いやー懐かしいな。いっつも部活の奴らと食べよったんよ~」
と、思い出話をしてくれた。キツイ練習の後、大事な試合の前、勝った日、負けた日……皆で桃花園に通い、肉飯を食べながらダベったりしていたこと。当時のお店の風景、他校の生徒と席を巡って睨み合ったこと……などなど。
「思い出の味」は最強だ。食べ物のおいしさを、大切な思い出の分だけ2倍にも3倍にも高めてくれる。きっと中西さんだけでなく、この街のスポーツマンの多くが、肉飯を食べて「みんなと食べたな~」と、それぞれの青春を思い出すのだろう。僕は、そんな食べ物が街にあることが誇りに思えた。
今も桃屋食堂には定期的に行く。頼むのはもちろん肉飯だ。
食べながら、中西さんに話してもらったことを思い出し、
「ああ、これをみんなが食べてたんだな」
と、青春をちょっとだけおすそわけしてもらう。
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