彼らが合唱をやめられない理由
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記事:村山 優(ライティング・ゼミ水曜コース)
合唱と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?
「ダサい」「よくあんなに大きい口開けられるね。はずかしくないのかなぁ」「クラス合唱なつかしいなぁ」こんなところでしょうか。
中学や高校では、県大会を突破しても全国大会に出場していても、県大会レベルの運動部からなぜか下に見られます。どうやら合唱の地位は低いようです。
たしかに歌っているときの顔は恥ずかしい。動きもなくて地味。いや、動きとか関係なくなぜか日本では「地味」の代名詞のように扱われる部活です。
歌うのが好きなら1人でカラオケに行けば良い。そうではなく、仕事帰りにわざわざ集って合唱をしに行く人達がいることを不思議に思う人たちも少なくないはずです。
実を言えば、私もその1人でした。中学高校と部活で合唱をしていましたが、大学では体育会のイケている部活に入り、もう合唱はしないだろうなと思っていました。衰えた自分の声を聞くのも嫌だし。
ところが、その部活を引退して「暇だしやっぱり歌いたいな」なんて気持ちで見学に行った合唱団で、私は恐ろしいことに気づいてしまったのです。
それは、合唱はセックスであるということ。
4年ぶりの合唱。
その空白の4年間も、浪人中は誰もいない実家で、大学に入ってからはカラオケや人の少ない鴨川で歌っていました。どうにか「歌いたい」という気持ちは解消していたのです。それなのに、何か満たされずにもやもやしていました。それが一気に晴れていった。
「これだったんだ、私の欲しかったものは……!」
私の肺から出た息を私の声帯が鳴らす音-声が、バリトンのあの人のそれと融合し、きらめく。
響き合い、虹色のわたあめが部屋中に満ちる。光る。
時にはぶつかりあって日が落ちたあとのような黒と紫色の世界。
瞬時に変化していきながら、一つ前の瞬間はしだいに境目がなくなっていき、空気の中で何倍にも豊かにひろがっていく。まるでプールに落とした一滴の色水のように。
そして……最後にはなくなる。暖かさだけ残して。
私の体が奏でる私にしか出せない声は、私の1部。声は私そのもの。私から切り離された音ではなかった。音という形の私とあの子が交わっていたんだ。
この幸せな気持ちは、歌っているからではなく、つながっているからなんだ。
合唱というのは、なかなかに無防備な行為です。
この日の私も、例に漏れず恥ずかしかった。ひさびさに合唱用の顔をして歌うことに赤面したり息が浅くなったりと平成ではいられませんでした。
大口を開けるだけで勇気がいるのに、その口の奥の喉を開け、目も鼻も最大限に開く。頬骨も眉もあげ、上半身も開く。
「毛穴も開け」などという指導者もいます。
なんだか私の嘘だとか恥ずかしい過去だとか全て、見透かされてしまう気がしてしまう。
でも、曝け出してくれる向かいの子がいた。
「こんな、無防備さをあなた方にさらけ出しますよ」
裸の私をみんなに開示し、委ねていく。みんなも頼りにしてくれる。
きっと、それが、混じり合ったときの快感につながる。
「言葉を介せずにつながっている」どんな音楽でも、はたまたチームスポーツでも、その感覚はあります。だけれど、道具を介さず、もしくは自分の体を道具として扱う合唱は、より生々しく、直接的に、その感覚が起こるのです。
響きや倍音への陶酔とともに、弱い人間同士が繋がりを求め、溶け合っていくことの安心感。最後に消える静寂の刹那。
どうやら私は、合唱を介して他者とつながっていたらしい。その繋がりに、ずっと飢えていたのです。
そして、奇しくも、いや必然なのか、肌と肌のふれあいやハグで分泌されるオキシトシン、いわゆる「幸せホルモン」が合唱をするときにも分泌されるらしいのです。
合唱を始めたときには、「合唱」でなければならない理由はありませんでした。「歌が好き」だからその一部の合唱が好きだった。
それが、気が付いたら、そこにしかないものに、私は取り憑かれてしまっていたのです。
きっと、多くの合唱愛者がそうなのでしょう。
もう、やめることはできません。愛を確かめる行為だと知ってしまったから。
本来は神に捧げるための音楽でこんなことを思っているのは、不純なのかもしれません。でも私は人間らしく、一生この快楽を貪りながら生きていきます。
あなたがもし、人とのつながりを得たいのなら、心を通わせたいのなら、見かけだけではない愛を得たいのであれば、ぜひ合唱団の見学に行ってほしい。
最初はとても勇気のいること。音楽経験のない人は、「ハモることなんてできないよ」と思うかもしれません。でも、安心してください。同じパートを歌う人の中でほかのパートを歌うことのほうが難しいから。
そしてきっと、知らない人たちの中で歌っているうちに、学生のときには気づくことのできなかった幸せに浸ることができるでしょう。
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