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早期希望退職制度は、白雪姫の魔法の鏡だった


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記事:春野そら(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
定年までずっと、この会社にいるんだろうなーと、漠然と考えていた社員も多かったはずだ。私もそうだった。
だが、早期希望退職制度を眼前に突き付けられて、その曖昧なビジョンが大きく揺らいだ。
 
うちの会社は大丈夫? いやいや、他人事ではない。
2019年度は5月時点で、希望退職を募った上場企業数が、既に昨年度を越えた。募集人数も3年ぶりに5千人を上回っている。状況次第では、2013年以来の1万人越えの可能性もあるという。関連会社も含めると、もっともっと多いはずだ。
 
まずは、会社説明会があった。
対象は50歳以上。目標人数は対象の5パーセント。特別な再就職支援もしてくれるという。何が特別かというと、早期希望退職者を対象とした転職先斡旋会社だから、ハローワークにも出ていない求人があるという。
すぐにでも転職先が見付かるような口振りだ。が、資料をよくよく見ると、円グラフには、ボランティアやアルバイトの、パイが大きい。
疑問点を問い合わせてみた。
「目標人数より希望者が少なかったら、どうするんですか? 逆に、希望者が多かったら、どうするんですか?」
希望者が多い想定には『特に上限人数を設けているものではありません』と明確な答だ。
一方、希望者が少ない想定には、『本人の意思に基づき、かつ会社が退職事情を異議なく了承した場合に、実施します』の答。意味不明だった。
 
課長面談で、上乗せ金額が示された。六十歳定年まで働いても、そんなにもらえないぐらいの、金額だ。
希望退職を募るような会社だ。十年後に退職金が支払われるかどうか、わからない。
それだったら……。
 
まずは、どのぐらい貯金があるか、計算してみた。
他人の動向を気にしつつ、自問自答を繰り返した。
「鏡よ鏡、鏡さん、あなたは、このままでいいの?」
「これから何がしたいの?」
「もともと、何がしたかったんだっけ?」
「ここで何ができるの?」
「会社を辞めて、やっていけるの?」
「会社を辞めて、何をするつもりなの? 何ができるの?」
 
友達は、定年退職した先輩にアドバイスを求めた。
「目先の利益に惑わされないほうがいいよ」と忠告されたという。
 
どっちが得かなんて、わからない。損得勘定は、判断基準にできない。
だったら、『自分が面白いかどうか』で判断しよう。
この会社では、まだ面白いことができるかもしれない。だったら、残ろう。
へとへとに疲れ切った結果、私は残ると決断した。
 
きっと、60歳台の定年延長組と、共働き女性が多いんだろうなと、予想していた。
だが、蓋を開けたら、予想外の展開だった。
もちろん、共働き女性もいた。
だが、50歳代に入ったばかりの、独身男性が多かった。
この機会に田舎へ帰るとか、他の仕事をしてみたいとか、なんとなくとか……。理由も様々、本心かどうか、わからない。
実際、「悠々自適の生活よー」なんて話していた人が、就職斡旋会社に足繁く通っていると、噂に聞いた。
定年延長組は、どうやら肩を叩かれたらしい。ぼそりと愚痴る声が、聞こえてきた。
「他に行ってほしい」と会社に宣告されての〝やむなし〟の選択も、〝本人の意思〟に含まれるんだなと、身につまされた。
50歳以上の募集のはずだったのに、なぜか40歳代も多くいた。メンタルで休職している人たちだった。
対象外なのに……。まさかこの人たちが、「ぼくも」「私も」と願い出てきたわけじゃないよね?
最近、メンタルで休職する人が多いが、その対策がこれだったか。あ~、そうなんだと、呆気にとられた。
 
今年3月、結果的に、目標人数の倍以上が、めでたく希望退職していった。
心理的に、嵐が吹き荒れた数ヶ月が、終わった。
 
はたして、どっちが得だったのか?
会社の狙いは、将来にわたる人件費の削減だったはずで、これは是が非でも、目標を達成したのだろう。
では、社員はどうだったのか?
それは、個人個人の状況によるし、たられば論は意味がない。
 
4月になった。別の職場に異動になった人も、多かった。
「やられたー。こんなことなら……」と後悔した人も、いたはずだ。
 
これから社員一丸となって、頑張ろう! と、会社は社員の士気を、やたらと鼓舞する。
だが、4月以降も毎月、依願退職者が出ている。希望退職の対象外だった、40歳代後半が、退職していく。
残留社員の生き残り競争も、なかなかに激しい。無理矢理にでも、成果をでっち上げようとする人やら、仕事を独り占めしようとする人やら……。
労働組合が緊急に職場アンケートを実施したが、そもそも回答率が低いという。
 
早期希望退職は、〝真実〟を映し出す鏡だった。
まだまだ若いと思っていた自分に、実年齢を突き付けてきた。
会社の魂胆を曝け出した。
そうして何より、自分の本心と、否応なしに向き合わざるを得ない、切っ掛けになった。
 
 
 
 
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2019-06-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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