先生が「教える」のをやめることは、花を育てることに似ている。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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香月祐美(ライティングゼミ・平日コース)
その日私は、私の塾の生徒である小学生男子との攻防を繰り広げていた。
「いや、まだ来なくていいです。今、考え中なんで」
問題とにらめっこしていた彼は、顔を上げ、はっきりと私に言った。
そうは言っても、難しい問題に案の定、手こずっているではないか。
そんな彼の様子を見て、私は思わず口を開く。
「だって今日渡した問題、いつもより難しいでしょう? 学校でもまだ習ってないと思うし、ちょっとフォローしようか?」
そう言いながら、私は、彼の隣の椅子を引いて座ろうとする。
すると……なんということだろう。彼は、今解こうとしている問題を手で隠してしまった。
「まず自分で考えるんで、終わったら呼びます」
私を見上げる目は、まるで「隣に座らないでください」と訴えかけてくるようだった。
教えなくていいだなんて……と思ったが、折れたのは私の方だった。
そこまで言われてしまってはと、仕方なく自分の席に戻ることにした。戻りながら、彼の様子をちらりとうかがう。
彼は、私がそばを離れたのを確認すると、再び真剣な眼差しで例題を読み始めた。
そんな彼の様子に、内心、大丈夫かなぁというドキドキと、頑張ってという思いを入り交じらせながら、私は席に戻った。
私が塾講師として、塾生に「教える」ことに重きを置くことをやめてしまってから、数年が経つ。
教えないだなんて、正直、塾の講師としてあるまじき行為だと思う。
でも、私が教えるのをやめたら、塾生は自ら学ぼうとするようになったのだ。
きっかけは、3年前。
塾生が分からない問題を教えていたときのことだった。
私が説明をしていると、あろうことか質問をしてきた当の本人が寝そうになっている。
毎日部活で疲れているのかな? とも思ったが、一対一の状態で、だ。
しかも、教え始めて数分と経っていない。
なのに、質問してきた当の本人が寝ようとしているとは、一体どういうことなのだろう。
正直、かなりショックである。
しかも、その日に限った話ではない。私が教えようとすると寝てしまうのは。
寝ているからといって、怒って起こすというのも何か違うような気がした。
もちろん、そんな状態で分からない所が分かる様になるはずもないし、成績が伸びるはずもない。
悪循環としか言いようがなかった。
どうしてこうなるんだろう。
学校で先生が問題の答えを板書する様に、綺麗に解法を伝えようとすればするほど寝てしまう。
ある日、数学の質問を受けて教えていた私は、気がついた。
どうすれば塾生に理解できるように伝わるか。
どうすれば塾生に分かりやすいと思ってもらえるか。
と、頭を使って考えているのは、私であって、塾生ではないということに。
私が考えれば考えるほど、逆に塾生には楽をさせてしまっていた。
そう。
塾生は、先生を呼んで、隣に来てもらった瞬間に安心していたのだ。
「教えて」もらえるから、自分でこれ以上考えずにすむ、と。
思考が停止するから、眠くもなる。
私は、塾生のことが、本気で全員可愛いと思っている。
可愛さのあまり、教えすぎていたのだ。
それはまるで、花を育てようとして、心配のあまり毎日水をあげすぎてしまい、枯らしてしまうことに似ていた。
花は、適度な肥料と水、光があれば、放っておいても育つ。
水をあげすぎたりと過保護にすると、かえってよくなかったりする。
それ以降、私は、「教えすぎる」のをやめることにした。
「教える」のではなく「育てよう」と思う様になった。
育てるために、問題の答えではなく、勉強の仕方を教えることにした。
どの教科の問題集も、大抵どこかに「考え方」や「ヒント」が書いてある。
そういった部分を読まずに、質問してくる子が多いことに気がついた。
または、読んでいたとしても、内容を理解せずに、文字を目で追っているだけという子もいる。
読んでいない人には、まず読むことを。
内容を理解していない人には、文の読み方を教えた。
そうすると、質問してくる回数がぐっと減った。
私が教えなくても、塾生達が、自分の力で問題に向き合える時間が増えたのだ。
「先生、分かりません」
と呼ばれて様子を見に行くと、
「あ、先生呼んじゃったけど、よく見たら前のページに例題あったわ。自分で読んで解けそう。やっぱ大丈夫」
と言いながら、私が教えずに放っておいても、勝手に学びながら学校の予習を始める子もでてきた。
質問してくる回数が減った分、私も教室内の子ども達の様子を見る時間が増えた。
本当につまづいている時にだけ、手を差し伸べることができるようになった。
必要な時に必要な分だけ、花に水や肥料をやるように。
当然のことだが、勉強中に寝てしまう……なんていう人もいない。
塾生たちも、すべて教えてもらう姿勢ではなく、学ぶ姿勢に変化しはじめた。
春になると、新しい子たちが塾に入ってくる。
そうすると、古株の子たちからの洗礼を受ける光景を見かける。
「漢字の問題が分からない」
と春から新しく入ってきた子が騒ぎ始めた。
それを聞いていた古株の子が、
「分からない漢字があるなら、まず自分で辞書引いて調べなよ。自分でできることは自分でやってから先生に質問しなよ」
と。
なんと、私のかわりに学ぶ姿勢を指導してくれる。
本当に、私の塾の子達は頼もしくなった。
私が教えることを手放すほど、塾生たちは、グングンたくましく育つ。
将来、いや、あとわずか数年後かもしれない。
どんな花を咲かせてくれるのだろう。楽しみでしょうがない。
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