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メディアグランプリ

二度死んだ父


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:田村由紀子(ライティング・ゼミ書塾)
 
 
「旦那さんは、お前を大事にしてくれるか?」と父は私に聞いた。
 
認知症でおむつをはめ、ベットから上半身すら起こせないこの人が……
この人の前で、この人のために涙するなんてことは無いと思ってた。
私の父は、一言で表現すれば、「自由人」。悪意で表現すれば、生粋の
「自己中」だ。自己中を生涯貫いた恐ろしい根性の持ち主である。
私は未だに、この人が何故、家族を持ったのか、その意味がわからない。
私たちが幼い頃は、仕事という名目で、家には居ないのが当たり前だったし、
誕生日を祝ってくれた事もなければ、運動会に来た事もない。
もちろん、抱っこされてる写真なんて無いし、子供の成長を嬉しがったという
エピソードも聞いた事がないのだ。
だから、母と妹と私の母子家庭のような生活が普通で、父親という存在を
味わった記憶がない。
それでも、経済的には守られてきたので、妹も私も自分の人生において
選択で我慢する場面はあまりなかった。
結局、居るのに居ない人が私たちの父親だったのだ。更に悲惨なのは、
あの人の自己中な面で起こる色々な事だ。大人になってから理解することが
できるようになったのだが、母はよく泣いていた。
帰らない父は仕事だけではなく、他に帰る所があったわけだ。幼い時は、母が
泣いている意味がわからず、とにかく重苦しい空気が辛くて、他の家と我が家
は何かが違うのだと感じていた。
浮気すれば、罪悪感で優しくなる男がいる中で、父は、浮気の邪魔になると
家族に冷たくあたるタイプだった。女が変わるのが子供の私たちでもわかる
くらい、父親という立場なんてどうでもよくて、自分の快楽を優先する人間な
のだ。とにかく、彼の自己中を挙げ出せばきりがないほど、私たち家族は
彼に振り回されてきた。私たちが大人になればなるほど、嫌悪感しかなくなっ
て、私たちの経済が独立すると、彼の存在は私たちの中には無くなったのだ。
そう、私の中では、死んで欲しいと思う人、いや、もはや死んだ人だった。
母も私たちが独立するのを見届けて、彼との離婚を決めた。
だから、大きな実家には、老人になった彼が独りとなったのだ。私は、たまに
弱音を吐く父の声を聞きながら、
「全部、自分のしてきたことのツケじゃん」と ざまーみろくらいの気持ちで
いた。
これから、老人が独り、寂しく反省する人生を送ることが正しい!!と思った
のだ。
しかし、彼は私たちの想像をはるかにに超える事をしてくれた。24歳下の女性
との再婚だった。もう、私は呆れるのを通り越して、関わる事をやめる決心を
したのだった。それから、13年。親子という関係で、13年音信不通になるなん
て信じられないが、そうすることでしか自分の感情を抑えれなかったのだ。
13年経ったある日、携帯のSMSに再婚相手からのメッセージが入った。
「お父さんの具合がよくありません。今回はかなり厳しい状況です。近いうち
に会いに来てくれませんか」
迷った。どうでもいいとも思う。今更とも思う。何が有っても悲しくないと思
う。でも、最期なんだとも思う。どんな人でも父親だとも思う。
複雑な心の動きが、会うという事に葛藤を起こした。
憎んだ彼が最期、どんな風に人生を閉じるのか、それを見るつもりで病院に
行く決心をした。
 
ピーピー、ガタガタ、シューッシューッ
いろんな電子音が鳴り響く病院。父の名前が記されている病室に入ると、子供
のように小さくなっている父がいる。瞳は天井をボーっと見ていて、その顔色
は、もう黄色い。
「本当に最期なんだ……」と思った。
思わず
「パパ、パパ」と手を握り、叫んでしまった。自分でも不思議だった。
彼は、とろ〜んと瞳を動かし、私を見たのだ。そして
 
「旦那さんは、お前を大事にしてくれるか?」と聞いた。
 
私はその瞬間、膝が崩れ、涙が止まらなくなった。ずっと、ずっと
待ってた言葉だったのかもしれない。
父親から心配してもらえる娘でいたかったのだ。憎い、嫌いと思っていたのは
愛して欲しかったから。最後にその言葉を貰って私は救われた。これから
永遠に、父親から愛されなかった可哀想な自分を生きなくて済んだのだ。
父親は娘を心配してた。娘を大事に思ってくれていたのだ。認知で最期を迎え
そうな状況で、それがどれだけの真実かわからないが、今はそれでいい。
誰かを許さないという気持ちは、自分を縛る。
あんなに、憎んだ父を許す事ができて私が救われた。穏やかに逝った父を
穏やかに見送り、私は清々しい。
彼の眠っている顔は、私の顔とそっくりだ。
「親子だねぇ。こんなにそっくり。ずっと親子だね」と言いながら、私は
父の冷たくなった顔を撫で、初めてその温もりを感じていた。
 
 
 
 
***
 
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2019-06-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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