演技未経験者がベテラン俳優を圧倒する方法
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記事:山本周(ライティング・ゼミ平日コース)
ビギナーズ・ラックというものは、実は、俳優にもある。ある戯曲賞の大賞をとった作品の舞台化にあたり、出演者全員をオーディションで選ぶという企画に、現に私は受かってしまった。2001年のことである。それまでは全く俳優とは無縁に暮らしてきた人生だったし、演技経験など幼稚園の生活発表会ぐらいだ。齢34歳で、それまで銀行勤めしかしていないド素人の私は、たまたま読んだ受賞戯曲がおもしろく、どうやって舞台を創るのか俄然興味が掻き立てられた。そのため、無謀にも俳優になって現場に潜りこもうと考えたのが始まりだった。
この戯曲賞は、大阪ガス株式会社の複合文化施設「扇町ミュージアムスクエア(以下、OMS)」(大阪市北区)を拠点に、1994年より続いている「OMS戯曲賞」のことである。このビル施設の1階には劇場があり、当時は地元の大阪の劇団が、毎週のように公演を行っていた。「関西小劇場のメッカ」と呼ばれたこの劇場から、私の俳優人生は始まったのである。
もしかしたら読者に、私と同じように人前で演技経験がある方がいらっしゃるかもしれない。そういう人にお聞きしたい。初めての演技が思いのほか、観客に受けたということはなかっただろうか。私は高校生の時、クラス対抗で創った舞台発表で、同級生の男子の芝居を観て泣けてしまったことを、その芝居の光景とともに今でも覚えている。
映画などを観ていて、子役が大人の俳優を圧倒してしまっている、と感じたことはないだろうか。子どもの可愛さももちろんその理由にあるが、それだけではない。彼、彼女らは、まさに「自分」をそのまま表現しているから人の目を引きつける。演技しているのだけれど演技じゃない、いうなればその人の「地」ということ。彼、彼女らの存在そのものが画面に映っているといえばよいだろうか。
もちろん監督や、演出家が、子どもたちが演技をしないような工夫や場づくり、環境を整えていることは当然ある。また台本も子どもに合わせ修正する。映画の撮影中、監督がその場で子役にセリフを口伝えするということもあるとご存知だろうか。監督は子役が作った演技ではなく、「自分」そのもので居るように演出している。
さて、ありのままの自分が観客に受けたのはいいけれど、実は俳優はここからだ。私はOMSでの初舞台で共演したベテラン男優さんから、自分のいる劇団に来ないかと誘われた。彼に演技を認めてもらったようで嬉しかったが、今思うと、それはビギナーズ・ラックのはたまた延長だったのである。実際、私はそこから長いスランプに陥った。
当初、舞台上の私のそのままの姿を面白がってくれた観客はいただろう。34年間生きてきて、そのうち10年間は銀行員だった。その経歴や物腰や考え方など、ありのままを出せば喜んで観てくれた観客もいただろう。当時の演出家は、私をいい意味で面白く見せるため、私の経歴などを台本に盛り込んで笑いをとっていた。そりゃ希少価値だっただろうと思う。
だが「ありのまま」が通用するのは、俳優の最初のそのまた最初の段階までである。素のままで舞台に立てる期間は限られる。それを過ぎると、俳優がずっと素のままで舞台に立ち続けることは不可能になる。そもそもそういう戯曲が存在しない。自分はそのことに気付いて愕然とした。私は劇団を1年で辞め、再就職をし、でも俳優とはいったいどういうものなのかを知りたくて、仕事の合間に舞台に立ち続けながら思索を重ねた。
登場人物の「ありのまま」を見つけ、それを演じればいいのかというと、それは違う。そもそも人は「ありのまま」をそう簡単に出すわけではない。その人の性格や、置かれた環境や、さまざまな要因で「自分」のままで居られたり、居られなくて葛藤したりする。そもそも「自分」って何? と悩んでいる人もいる。そういうもろもろをひっくるめて、一人の人間なんですよ、複雑怪奇だけれど、そういう人はいるよなあ、それが人間だなあ、とリアルに感じてもらえるように演じる。それを目指すようになった。
秋田県で様々な事業を展開している劇団「わらび座」の代表、山川龍巳氏は「例えばお
父さんが子どもたちの前に立ったとき、できるだけ良いお父さんになろうとしますよね。(中略)演技というのは我々がごく自然に行っている、生活の中に息づいている行為なのです」と述べている。人はほんとにわからない、でもだからこそ愛おしい。そんな人間模様を演じてみたいと思うのである。
そのための近道というものはなく、戯曲を丹念に読み込み、ひとつひとつ手がかりを探りあてていくしかない。2002年、冒頭で紹介したOMSは、時代の流れの中で閉館の道をたどった。が、私が俳優となるきっかけをつくったOMS戯曲賞は今も毎年、途切れず続いている。私も戯曲の登場人物をああでもない、こうでもないと今も探り続けている。
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