便利さは、忙しさの元
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:浦井啓子(ライティング・ゼミ日曜コース)
午前9時45分。フェイスブックのメッセンジャーがピコンと鳴った。
「本日の打合せ、どうぞよろしくお願いします!」
見た瞬間、血の気が引いた。慌てて手帳を開くと10時からの打合せ予定が書かれている。
「しまった……」尊敬する方から紹介していただく初めての仕事。その方と一緒に担当者の方に顔合わせする初めての大切な打合せの日だったのだ。そんな大切な用事をすっかり忘れてしまっていたのだ。打合せの場所までは車で1時間はかかる。道が混んでいたらもっとかかる。
とりあえず、慌てて遅れる旨をメッセンジャーで返信し、出かける準備をして慌てて出かけた。運転しながらも、心臓がバクバクして、髪の毛が逆立っている気がする。
下道を使っていては30分以上遅刻してしまうので、高速道路で向かうことにした。いくら高速道路とはいえ、1時間かかる場所へ30分で着くことはできない。でも「早く早く……」気持ちが焦り、ぎゅっとアクセルを踏み込んだ。
ここのところ仕事が忙しく常に予定はいっぱいだった。同時にいくつのも案件を走らせ、目の前のことをしながら、頭の中では別のことを考えているような状態が続いていた。仕事の予定は、手帳とスマホのカレンダーで二重に管理し、カレンダーリマインダー機能でメールが届くように設定している。基本的にはスマホで予定を日に何度も確認するように気を付けていた。しかし、その予定が決まった時、手帳には予定を書いたが、スマホが手元になかったのでカレンダーに入力し忘れてしまったのだ。痛恨のミスである。
結局、25分遅れで到着し、遅刻を詫びてから打合せに入った。まだドキドキしていたが、みなさん和やかに迎えてくださったので徐々に落ち着きを取り戻していった。
それから2週間ほどたったある日。仕事中に携帯電話に知らない番号から着信があった。その電話は取れなかったので調べてみると警察署からだった。「なぜ警察から電話が?」不審に思って折り返しかけなおさないでいるとさらに翌日、封書が届いた。中を開くと《出頭通知》が入っていた。高速道路で速度超過していたのをオービスで撮影されていたのだ。
またもや頭が真っ白になった。この先も仕事の予定はいっぱいなのだ。「車に乗れなくなったらどうしよう……」田舎では電車やバスは1、2時間に1本しかない。移動手段がほとんど自動車なのだ。車がなくては仕事にならない。今更自慢にもならないが、私は毎日運転していても無事故無違反のゴールド免許保有者だった。免停がどんな種類があるのか、どんな制度なのかもわからないまま警察へ出頭し、略式起訴されることになった。出頭も略式裁判も初めてで、興味深かったが、これで私も立派な罪人だ。
救いだったのは、思いの他、警察官の方は親切で丁寧に説明してくれたことだ。罰金も免停期間も確定し、免許を返したのは、実際にスピード違反をしてから3か月近くも経過してからだった。そこから1か月半、車に乗らない生活が始まった。
不便なのは予想通りだったが、実は車に乗れなくなってみて発見したこと、気が付いたこと、自分自身の気持ちの変化がたくさんあったのは想定外のことだった。
・時間のゆとりができたことで、気持ちにゆとりができるようになった
・スマホを見る時間が減り、本を読むようになった
・本当に大切なことに意識が向くようになった
・季節の移ろいに気づき、町の新たな価値に気が付いた
・車中心の社会になることで、子供や高齢者の不便や危険に気が付いた
中でも驚いたのは「便利さは、忙しさの元なのではないか」という発見だ。自動車も、どこでもつながるインターネットも、スマホも、人の生活を快適・便利にするために開発され、進化してきたものだと思う。人々の家事時間、移動時間を減らし、余暇時間を増やし、楽しむために進化したものたちが、実際は、私たちを忙しくさせている張本人なのではないか。便利さと引き換えに、私たちを「次へ次へ」と急き立て、「あれもこれも」と欲が増し、ちょっとした時間にいろんなことを詰め込もうとする。いろんなことができるようになったが、頭の中は雑音だらけだ。
そんな生活から強制的に抜け出した1か月半。
そこで得た感覚や視点は、私にとってとても大きく意味あるものだった。便利さや、物欲や、時短や効率を優先しすぎることは、人生を豊かにすることと真逆なのだ。
まさに「人間塞翁が馬」だ。人生、何が幸か不幸かは、すぐにはわからない。もうすぐ免許証が返ってくる。私はまた自動車にのり、文明の利器を操ることになるだろう。それでも、この期間を過ごす前と後とでは、確実に生き方が変わったと思うのだ。
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