札幌で玉手箱が開いた
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記事:slowman(ライティング・ゼミ書院)
「本州から北海道に赴任したものは2度泣く」
社会人初の職場が札幌で着任した時に
同じ部署の人たちから聞いた言葉だった。
その意味とは、
本州から海を渡って遠い地まで来たことに
一度泣き、そして転勤する時に
北海道の人たちの情け深さに
その地を離れるのが辛くなって二度なく、
という話だった。
実際、札幌の人たちは
優しい人たちが多かったと思う。
仕事がホントに出来なくて
毎日どころか毎時間のように
叱られてばかりだったが
部署内での懇親会などでは
親身にしてくれる人たちが多かった。
特に、直接職場に関わる方ではなかったが
職場の昼食を作ってくださる
叔母さんは、時には叱り、時にはなだめ、と
まるで我が子に接するような態度だったので
日々仕事で落ち込むことが多かった私は
随分と気持ちを助けてもらったものだった。
やがて転勤となり、私は北海道を後にした。
当時転勤に決まったことで泣きはしなかったが
あぁ、これでここに来ることもないかもな、と思うと
寂しさが隙間風のようによぎるのを感じた。
ところが、私は、この会社をその後辞めることになり
暫く時間が空く身となった。
再び働き始めるまでは時間があったので
知人と札幌に行こうかという話になって
出掛けていった。
とはいえ、辞めてしまっている身として
前の職場に顔を出してという気にもなれず
勢いで来てみたものの果たしてどこへと行こうと思った。
本州では、年度も変わって暖かくなりつつあるところだったが、
さすがに札幌の気温はそこまで上がることもなく、
まだ肌寒さを感じる頃だった。日が暮れて肌寒さも強まるころ、
「そういえば!」と思い出した。
そうだ、あの賄いの叔母さんのところがあったではないか! と。
賄い叔母さんの昼食はホントに美味しかった。
その理由となるかどうかは別だが、
ご主人が居酒屋さんを営んでいらして、
叔母さんも夜はそこで一緒に接客していらした。
毎日、周囲から叱られっぱなしの私は、
仕事の帰り道によくこちらの居酒屋さんにお邪魔して
クダを巻いていたものだった。
そうだ、そちらにお邪魔しようと、知人と二人で向かった。
店は以前の場所から変わっており
一瞬迷ったがなんとか無事にたどり着けた。
離れて4年ほど経っていたがまるで
ずっと一緒だったかのような雰囲気で
以前の職場で働いているような錯覚をした。
ご主人も以前勤務していた時と変わらず
愛想よくお話しさせていただいた。
出される料理に舌鼓をうちながら
話は弾んで深夜も更けそうになったが
次の日には本州へ戻らないといけなかったので
後ろ髪が引かれる思いはあったものの
お開きとなったのだ。
私は、結局一度も北海道に来て泣くことはなかった。
そう思った。
今回、三度目の札幌を訪ねることがなかったら。
あの日からまた、北海道に行ける日があればと
思いながら日々の生活で一杯だったが
今回とある仕事の件で
札幌へ向かうことになったのだ。
今回、三度、居酒屋のご主人と叔母さんに会えるかな?
お店は以前のところだろうか?
と、行く前から居酒屋に行くつもりになっていた。
しかし、当日は仕事で伺った先からの接待を受け
いい加減いい時間になってしまった。
まだ、店がやっている時間ではあったが
どこにその店があるのかわからない…
営業時間の終わりが迫る。
仕事の話は終わり、接待も充分受けて
取引先と別れてすぐに
スマホを出して現在地から
ご主人と叔母さんが営んでいると
思われる居酒屋を探して向かった。
いつの間にか早足が駆け足になっていた。
急いでスマホを見ながら目的のお店に向かう。
店は、繁華街ではあるがどちらかというと路地裏に近い場所にあった。
「こんなところにあの店が移ったのか?」
昔の記憶とは異なる印象の場所に向かうことに違和感を覚えながら、お店の前に立った。
開かれた戸から、叔母さんの顔が見えた。
昔から覚えていた叔母さんの顔。
「? あら、元気にしてたの?」
昔と変わらない声掛けに
「元気ですよ」と答えた。
店は以前よりこじんまりした感じになっていた。
居酒屋というより食堂のような感じで
雰囲気は前と変わらない気がしてた。が、
「あれ? ご主人は?」
玉手箱を開いた瞬間だった。
そうあの二度目の札幌から20年経っていた。
ご主人は数年前に他界され、
叔母さんが一人で予約がある時だけお店を
開いているということだった。
もう営業時間は過ぎていて
帰り支度の途中で
わたしが入ってきたのだ。
既に帰りのタクシーが
外で待っているらしい。
まともな会話は3分ほどでお別れとなった。
とりあえず顔が見れた嬉しさを抱えたまま
すぐにその場を離れた。
そして気づいた。
「あれ、札幌の夜はこんなに暗かったか?」
ネオンがひしめきあっていた昔を
思いだそうとしたが
目の前の夜が現実から離さなかった。
夜空を見上げると星が少し滲んで見えた。
そうだよなぁ、20年も経ってしまったら
景色は変わるよねぇ……
今回も次の日には帰る弾丸ツアーだったので
一人夜をふらついた後、静かにホテルで眠りに就いた。
頭の中は20年前のままだけど
現実は変わることを痛感したひとときだった。
そういえば、今回の取引先も
水商売で10年持っているところなんて
ほとんどないと話されていた。
そう考えると20年越しに
叔母さんとお店で会えて
ほんの一瞬、言葉を交わしただけだったが
私は叔母さんと一緒にいたのだ。
残念ながらご主人には会えなかったが
これは奇跡だとも言える。
北海道に来た本州の人間は二度泣くと聞いた話は
案外本当なのかもしれないと思った。
しかし、今まで気づかずにいた玉手箱を開いてもなお、
お店で叔母さんの顔が見れた奇跡に笑顔が浮かんだのだ。
今度、いつか、じっくり
お店で叔母さんと話せる日が来ることを
楽しみにしたい。
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