教師を教師たらしめるもの
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【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
中瀬恵子(ライティング・ゼミ平日コース)
「先生がそんなの関係ない、って言ったから頑張ってみた!」
目を輝かせて、その男子生徒は言った。自信と達成感にあふれている。
もう大丈夫、君も、私も。
20年ほど前のことだ。私は母校の中学校で常勤講師として1年生と2年生に英語を教えていた。アメリカで数年暮らした後にもどった日本の、しかもド田舎の中学校での仕事は私にとってカルチャーショック以外何ものでもなかった。同僚の先生たちは協力的だったが、教室に入れば自分しかいない。多感な年齢の子供たちと向き合わなければならなかった。
「受験が終われば、英語なんか将来使うことないし」「先生のように英語を話せなくても日本では生きていける」「先生とは違う」英語ができることの素晴らしさを伝えようとする私に、平気でこう言ってみせる生徒も1人や2人ではなかった。
現在でも同じように思っている生徒はいるだろうが、20年以上前の田舎の中学校ではその意識はことさら強く、英語が使えることの利点など想像すらできなかったのかもしれない。
「なぜわからないの?これから英語が使えるのは当たり前の時代になるのに。早いうちに始めればすぐに話せるようになるのに。」
苛立ちはやがて不満へと変わる。宿題をしてこない、教科書を忘れる、授業中の私語、私の問いかけを無視する生徒、歩き回って騒ぎ出す生徒すら出てきた。注意する私の声がだんだんと大きくなる。自分でも驚くような大きな声で言った。
「静かにしなさいっ!」
私の声に驚いたのか、一瞬話し声が止まった。授業を再開すると、しかしまた私語が始まった。
「女の先生はなめられるんだよ」先輩同僚の先生がぼそっと言う、しれっとした顔で。
「中瀬先生に優しくしてやれよ」「だって、英語で聞かれたってわかんないもん」担任の先生と生徒が職員室で話している。
「3月末で辞める」心の中で決めた。
生徒のやる気を引き出そうと他の英語教員から助言をもらい、睡眠時間を削って授業準備をする毎日だった。週末も学校行事やクラブ指導でプライベートの時間などない。今でこそ教職員の過重労働が問題になっているが、当時はそれが普通だった。「すべて生徒のためを思ってやってあげているのにどうして勉強しないの?」毎日怒りでいっぱいだった。
今ならわかる。彼らは苛立った私の鏡だった。あの頃の私は、生徒が悪い、担任の先生が良く言い聞かせていない、親のしつけがなっていない、先見性がない、と周りに批判の矛先を向けていた。仕事を自宅に持ち帰ってまで準備をしている自分を正当化していた。周りを責める私の気持ちを多感な時期の生徒たちは感じ取っていたのだろう。そんな教師の授業に耳を傾ける生徒は、いなくて当然なのに。
3月末で辞めると決めた後のある日のことだった。授業中にある男子生徒がこう言った。
「僕は塾に行っていないから他の人より英語はできない。うちは塾に行く余裕もないし……」「そんなことない!」私は彼の言葉をさえぎった。
「友達が塾に行っている時間にあなたも家で勉強してごらん。そうすれば同じ時間勉強したことになる。授業の復習をすればいい。これまで出てきた単語は全部覚えてるの? 一人でもできることはたくさんある。分からないことは先生や英語の得意な友達に聞けばいい。塾なんか行かなくても英語の勉強はできる。そんなの関係ない」
私の勢いに気おされたのか、男子生徒は、「あ、はい……」と言ってうつむいた。
やばい、言い過ぎた。しかも塾に行っている生徒が多い中で「塾なんか」と言ってしまった。「先生の授業がわかんないから塾に行くんだよ」と思っているかもしれない。でももういい、私はいなくなるから。
生徒たちの態度は相変わらずだったが、期末テストが近づくと焦るのか比較的静かに授業を聞いていた。期末テストが終わり、翌週の授業で生徒にテストを返した。ドキドキの瞬間だ。1点に一喜一憂する彼らは少しかわいい。
あの男子生徒の点数がグンと上がっていた。「頑張ったね」と私は解答用紙を返しながら声をかけた。そして返ってきたのがあの言葉だ。
私が言ったように家で時間を決めて勉強をして、分からないところは友達に聞いたらしい。予想以上の結果なのか興奮気味だ。私もうれしくなって笑顔で返した。
「この調子で頑張ってね」
「はいっ」と彼。
「ああ、こういうことか」職員室に戻ってハッとした。
言った本人は覚えていなかった言葉を彼は実践して結果を出した。何気なく言った私の一言が他人の人生に影響を与えたのだ。まさに教師の仕事だ。生徒の成長を助け、それを自分のこととして喜べるのは教師冥利に尽きる。教員免許状や教員採用試験に合格することが教師になることではない。生徒の成長が教師を教師にしてくれるのだ。そして私は彼のお陰でようやく教師としての一歩を踏み出せた。
ありがとう。私、もう大丈夫。ようやく教師になれたから。
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