メディアグランプリ

サービスがなくてもいいじゃないか


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:カネコダイキ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「あ、ワタナベ君来た!」
 
店に入るなり店主の声が聞こえてくる。
 
名前また間違ってるで、と言いながら自らお絞りを出して席に着く。
 
この店に来て5年ぐらい経ち週に2〜3回来ているが、お絞りが店主から出されたことは両手で数えられるぐらいしかない。だから自分で出すしかないのだ。
そして注文が聞かれるのは入って20分後。
 
「ごめん、ごめん、注文忘れてた」
 
今日はいつもより早いなーと茶化しながら注文をする。
 
そう、このお店には飲食店として最低限あるべきサービスが全くない。
いや、なさすぎると言っても大丈夫だろう。
 
でも、僕はこのサービスがなさすぎるお店が、どのサービスが行き届いているお店よりも大好きだ。
 
そのお店はたまたま路地を歩いている時に見つけたお酒がメインのお店。
普段なら新しいお店に入るのは躊躇するのに、その日は会社のストレスでとにかくお酒を飲みたい気持ちが強く、考える間も無くお店のドアを開けた。
 
「いらっしゃいませー!」
 
中から元気な店員さんの声が聞こえてきた。
 
その時はお客さんもおらず席に着くとすぐにお絞りを用意してくれて、どんな味のお酒が飲みたいか注文を聞いてくれた。2杯目を頼む際も、このお酒ならこの料理がお勧めとか教えてくれたりと、今では考えられない程とても行き届いたサービスを提供してくれるお店だった。
 
そして一通り注文が終わると店員さんから話をしてきてくれた。
その店員さんが店主で店を一人で切り盛りしており、お店は一人で来られるお客さんが多いと。
さらに僕の名前のことや趣味の話も聞いてくれて、とても気を遣って話を盛り上げてくれていた。
そうこうしていると帰る時間になりお会計を済ませ、また来てねと言われお店を後にした。
 
そして2カ月後ぐらいに、またあの店に行こう、またあのサービスを受けに行きたいと思い立ち、その店の扉を開けるとあの店主の声が聞こえてきた。
 
「いらっしゃいませー! あ、前来てくれたワタナベ君やね!」
 
自信満々のドヤ顔が目の前にあった。
 
全然違う。ってかワタナベって誰や。
 
どこからワタナベがきたのか、そしてなぜそんなに自信満々なのか。
色々つっこみたいところをぐっと堪え本名を伝えて席に着くと、ごめんねーと言いながらそのまま席を離れて行ってしまった。
 
あれ? お絞りは? 注文は?
 
口をぽかーんと開けながら待っていると、先に来ていたお客さんがお絞りを出してくれてきた。
そして店主に、「注文聞くの忘れてるで!」と言ってくれて、慌てて店主が戻って来て注文を聞いてくれた。
 
この前と違い一通り注文が終わると僕の頭は混乱していた。
どうなっている。この前はあんなに丁寧にもてなしてくれたじゃないか。
 
するとそのお客さんが話しかけてきてくれた。
どうもその方は常連さんで、3年ぐらい通っていると。
そして、「ここほんまなんもサービスないやろ。でも、それがいいねん」
 
何言ってるの?
お店なんてサービスがあってなんぼじゃないの?
 
意味がわからないままお酒を口に含んでいると、新しいお客さんが来た。
その方も常連さんみたいだ。慣れた手つきでお絞りを自ら出して、注文をひたすら待って先に来ていた常連さんと話をしていた。
 
そして30分後
 
「ごめん、注文忘れてた!」店主から悲鳴にも見た叫び声が聞こえた。
これは怒るん違うかと僕は内心ハラハラしていたが、その人は今日は早い方やでと言って笑いながら注文していた。
 
そこは怒るところやでと思っていると、さっき話しかけてきてくれたお客さんが「これや! ここはそれがいいねん。ここまできたらもう常連として認められた証拠や」と笑いながら言ってきた。
 
何がいいねん……。
この店のお客さんはなんなんやと訳がわからず、なんでやというふわふわとした感情のままその日は帰っていった。
 
それでもなぜかもう一度そのお店に行かないという選択肢はなかった。
その理由はわからないが、この時に僕はその店の良さにはまっていたのかもしれない。
 
そしてその後も何回通ってもお絞りは出ない、挙げ句の果てにはいらっしゃいの挨拶もなくなってサービというサービスはどんどん消えていった。
 
しかし反対にお絞りの場所を覚え自ら出したり他のお客さんが出してくれたり、常連さんとはたわいのない話をしてどんどん仲良くなっていき、僕は益々その店の虜になってしまった。
 
ふとある時に飲みながらふと考えてみた。なんでこんなにこのお店が好きなんだろうと。
それはサービスがないからこそ店主だけでなく飲みに来ている人の垣根をハンマーでぶっ壊したようなフラットな雰囲気が好きだと気付いた。
 
このお店には店主も、お客もそういう与えられた役がない。
ここにいる人全員が本当にファミリーでいるような雰囲気がたまらないのだ。
お絞りを出せなかったら家のお箸を出すように自ら出したり代わりに出すことや、注文を代わりに聞く、店主が話す暇がなかったら皆んなでその人を輪に入れてあげる。
サービスがないからこそお客さんがカバーしあう。
それがこのお店にしか出来ないところだと気付いた。
そしてこのお店に皆はお酒を飲みに来てるだけでなく、そのサービスがない雰囲気に夢中になり味わいにきているのだ。
 
このようなサービスがあって当たり前の今の世の中で、このような雰囲気を出すお店が日本、いや世界にどれだけあるだろうか。
だからこそ言いたい。
 
いいじゃないか、サービスがないお店があっても。
 
それから4年が経ち、今日もお店の扉を開けるといつものように「ワタナベ君!」と呼ばれている。
そして「来るの遅くない?」と言われ、やっと仕事終わったんやと言いながら、そそくさと皆が待っている店の中に入って行く。
 
 
 
 
***
 
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2019-07-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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