先生が1人もいない小学校
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:池田和秀(ライティング・ゼミ平日コース)
私が講師として週一回おじゃましている小学校には、先生が1人もいません。
そう言うと
「え? あなた講師なんでしょう? 先生をやってるんじゃないの?」
という声が聞こえてきそうです。
その通り。私は先生として授業を担当しています。でも先生ではないのです。
この学校では、「先生」と呼ばれる人は1人もいません。みんな「大人」と呼ばれています。私が学校に行ったときも、子どもたちから「〇〇先生」と呼ばれることはありません。教職員はみんな、ニックネームで呼ばれます。私のニックネームは、最初の授業の時に、子どもたちが話し合って決めてくれました。
私が初めてこの学校のことを知ったのは、今から5年前です。あるセミナーで知り合った方が、たまたまこの学校に子どもを通わせていたのです。その後、この学校を紹介した本を読んでますます興味を持った私は、ちょうど開催されていた学校見学会に参加しました。その本に描かれた教育の姿が、「こんな学校聞いたことない」というくらい独特のものだったので、実際の様子を見たくなったのです。
この学校には、「先生」がいないだけはなく、「学級」がなく、「教科」もありません。
その反対に、あるものは、「子どもの個性を尊重すること」、「子どもが自分のことを自分で決めること」、「体験から学ぶこと」です。
実際に学校を訪れて、一番に感じたのは、「ここでは子どもの時間が大切にされている」ということでした。
見学した授業では、ちょうど子どもたちが料理を作っていました。ほとんどの子がもう作り終わり食べ始めている中で、まだフライパンと奮闘中の子もいました。けれど、ゆっくり進んでいる子もまわりと比べて焦ったりせず、安心して目の前のことに集中していました。
私自身、小学生の頃はテンポがゆっくりした子どもだったので、自分がこんな状況に置かれたら、周りの目が気になって、焦りの気持ちでいっぱいになっていたと思います。けれど目の前の子どもには、そんな様子はまったくありませんでした。
その姿を通して、一人一人の個性が尊重される教育の中で、子どものなかに「自分は自分、自分でOK」という自己肯定感が育まれているのを感じました。
授業の中では、子どもたち同士がふざけ合いになる場面も目にしましたが、ひとしきりやり合ったらまた自分のことに戻っていました。普通だったら「先生」が即座に「なにしてるの!」と叱りつけるような場面です。しかし子どもたちが自然と授業の本筋に戻っていく姿に、「子どもには子どもの時間の流れがあるんだなあ! 大人の枠組みに合させようとしないでそれを見守ると、子どもはこんなに生き生きとするんだ!」と深く思いました。
この学校の大人は、子どもを教え導くのではなく、子どもに寄り添い、子どもの個性と自己決定を支えていく存在です。だから「先生」ではなく、人生の先輩である「大人」と呼ばれるのです。
見学会の合間、休み時間の運動場では、低学年の小さい子と高学年の子が一緒になってワイワイと遊んでいました。そこには学年ごとの距離感がまったくありません。この学校では、学年ごとの横割りのクラスはなく、1年生から6年生が縦割りで一つのクラスをつくっています。だから年齢を超えた仲の良さが生まれ、大きい子が小さい子の世話をするといったことも自然に生まれていました。
これだけでも、この学校のクラスが普通の学校の「学級」でないことが見えてきますが、内容にも特徴があります。このクラスは、体験学習のテーマごとに分けられたクラスなのです。私が学校見学会で参加したクラスは、料理をテーマにしたクラスでした。「体験から学ぶこと」を進めていく場が、このクラスであり、「教科がない」というのも、「体験から学ぶ」ことをこの学校が教育方針にしているからなのです。
つまり、「スープを作ろう」となると、水の分量や野菜をどの大きさに切るのか、そこに算数が出てきますし、使う野菜がどのように育つかを調べたり実際に育てたりするのは理科です。どこで作られていてどのように運ばれてお店に並ぶのかを調べ始めると、それは社会科になります。
このように、子どもが体験を通して好奇心を持ったことを自分で調べ、創造的に学びを深めていく、というのが、この学校の授業スタイルなのです。
「これこそ本当の学力だ」、「本物の『学ぶ意欲』と『学ぶ力』はこのようにすれば育っていくんだな」と、学校の姿にふれて強く感じました。
そして、「こんなにも子どもが輝く場所に身を置きたい!」という思いが私の中で高まり、見学に行った年の春から今日まで、週1回の講師としてこの学校におじゃましています。
「子どもたちの自己決定」を大事にするこの学校では、どのクラスに入るのかを自分で選ぶことができます。入学式や運動会といった学校行事も、子どもたちが委員会を立ち上げ、どんな会にするのかを時間をかけて話し合い、プログラムを作り、準備をします。当日の司会進行を担うのも子どもたちです。大人はそれを後ろからサポートしています。
そんな学校行事の中で、特に感動的なのが「卒業を祝う会」です。日本で一番楽しくて、子どもの幸せを一番に考えるこの学校では、卒業式も普通とは違っていて、名前も「卒業式」ではなく、「卒業を祝う会」です。名前のとおり、子どもたちが手づくりで作り上げる「祝う会」です。
この「卒業を祝う会」では、卒業証書を受け取った子どもたちが、ひとりひとりスピーチをするのですが、その内容に毎年感動させられます。
この学校に通わせてくれたお父さんお母さんへの感謝を伝える子が何人もいて、仲間とのつながりに感謝をする子がいて、見守ってくれる学校の大人たちへの感謝が語られて、子ども時代に、父母の愛情への感謝と、仲間とのつながりと、まわりに支えられていることへの信頼が育まれたら、教育としてはもう十分なんじゃないかと感じます。
これだけの特色を持った学校ですが、フリースクールなどではなく、学校教育法などによる正式な認可を受けた、正規の学校として存在しています。そこに私は、未来の教育への希望を感じています。なぜなら、この学校の教育スタイルが、日本の学校の当たり前の姿になる可能性があるからです。
ちょうど今、夏休みに入りましたが、この学校の子どもたちに聞くと「早く休みが終わってほしい。学校が始まるのが待ち遠しくてしょうがない」らしいです。
それくらい楽しい学校で学べる子どもたちは、最高に幸せだと思います。
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