梅雨の思い出
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:佐藤 博子(ライティング・ゼミ平日コース)
「モモがさっき死んだの」
深夜3時に携帯が鳴った。寝ぼけ眼で通話ボタンを押したが、一瞬で目が覚めた。とうとうこの日がやって来たか……。
「わかった。明日朝一でそっち行くわ」
小声でそう言ってすぐに電話を切った。隣で寝ている娘を起こしたくなかったからだ。
もう一度目を閉じたが、頭が冴えてしまって眠れない。娘を起こさないように、携帯持ってそっと部屋を出た。
「13歳か……」
一階のリビングでモモの写真を眺めながら呟いた。
関東は梅雨入りしたらしく、窓の外では小雨が音も立てずに降り続けていた。
13年前、六本木にあるペットショップでモモと出会った時、一目惚れをした。彼女はチワワとミニチュアダックスのミックス犬。両方の血が見事に混ざり合っていて、チワワにもミニチュアダックスにも見えるという不思議な魅力を持っていた。他の子が割とおとなしい中、彼女だけが活発に動き回っていた。目が合った瞬間、私の方に向かって走ってきた。まだ生後3ケ月、まん丸な体で足元がおぼつかないながらも、一生懸命向かってくる姿が愛くるしくて、この子にしようとすぐに決心をした。
しかし、両親には猛反対された。
「絶対面倒みないからね!」としつこいぐらい言われた。
モモを連れて帰った日、両親はモモに触ろうともしなかった。飼うことを反対してるんだから仕方ない。モモに必要なものは自分で全部揃えた。家にきた初日、環境の変化についていけなくて、モモは一晩中夜泣きしていた。私は何度も起きて、彼女の頭を撫でたり、抱っこしたりして落ち着かせた。
「まるで子育のようだわ……」と独りで苦笑いした記憶がある。
ところが、数日後、変化が起き始めた。
「まだ夜寒いだろう」と、父が突然犬用の毛布を買って帰ってきたのだ。
確かにその時は4月で、桜は咲いていたが、雪が降るかもしれないと、天気予報のお姉さんが注意を呼びかけるような気温だった。
そして母にも変化があった。
モモに散歩用の可愛いリードを買ってきてくれた。
二人はだんだんモモに話かけるようになり、抱っこするようになった。
その時から、モモは私たちの「家族」になった。むしろ、一家の中心的存在になったと言ってもいい。
彼女はとても賢かったので、トイレの躾、御飯食べる場所、ちょっとした一芸など、教えたことはすぐにできた。しかも、人懐こくて甘えん坊。ソファーに座ってると、すぐに膝の上に乗ってきて、いつの間にかスヤスヤと寝息をたてている。その無防備な姿に家族全員メロメロだ。少しずつ、私以上に両親が彼女を可愛がるようになっていた。もはや両親にとって、モモはかけがえのない癒しとなったようだ。
基本的に体が丈夫なモモだったが、それでも歳には勝てない。
10歳過ぎたあたりから、心臓が弱り始めた。あんなに大好きだった散歩も、少し歩くと、すぐに帰りたがるようになり、夜中息苦しそうに咳き込むことも多くなった。血筋的に、元々心臓が弱い犬種らしい。
12歳になる頃には、とうとうあまり外に出なくなっていた。その頃、2歳になった娘が,しきりにモモと遊びたがっていたが、モモは寝てることが多くなった。モモのことが心配で、私は頻繁に実家へ様子を見にいくようにしていた。
娘が「大きくなったらモモとお散歩に行くの」と無邪気に言うが、どうやらそれは叶わなさそうだ。
走馬灯のように、モモとの思い出が頭の中を駆け巡る。
気が付けば夜が明けていた。
そのまま朝食の支度をし、娘を起こしに行った。
「モモの様子を見にいこう」とだけ伝えた。娘にどう説明したらいいんだろう?「死」という概念をまだ理解できない3歳児。何て言おう……。朝食を取りながら、頭でぐるぐる考えたが、結局名案は浮かばず、事実をそのまま伝えてみることにした。
「モモがね、死んちゃったの。もう一緒に遊べないの。だから、今日はお別れしに行くんだ」
娘にそう説明しながら泣きそうになった。気付かれないように、背を向けてごまかした。
「死んだって何?何で遊べないの?」
娘はキョトンとしていた。
「……もう動かなくなるってことだよ。行けばわかるよ」
「死」を的確に説明する言葉が見当たらない。きっとモモを目の当たりにしても、娘は事態を理解できないだろうけど、それでも実際見せた方がいいと思った。
大雨のせいで、予定よりかなり遅れて実家に着いた。
モモはお気に入りの毛布にくるまれて、穏やかに眠ってるように見えた。
いつものように、そっと頭を撫でてみた。
冷たかった……。
温もりのないぬいぐるみを撫でてるようだった。
「眠るように亡くなったわ。苦しくなかったみたいよ」
母が愛おしそうに、モモの体を撫でながら言った。
「触ってごらん」と娘の手を取った。怪訝そうな顔しながら、娘はモモの頭に手を乗せた。
「……冷たいね。もう起きないの?」
「そうだよ。もう二度と起きないし、遊ぶこともできないんだ。これが死ぬってことだよ。モモはもうっ……」
なるべく冷静に説明したかったが、ここへきて堪えていた涙が一気に溢れ出した。
何も言えずうずくまって震える私の頭を、娘がヨシヨシとやさしく撫でてくれた。
火葬の手続きを終え、一息ついた時に母がポツリと言った。
「モモはあなた達の為に、場所を譲ってくれたのかもね……」
モモが亡くなってから1年。
奇しくも、母の言葉が現実となった。
私は夫と別居し、娘を連れてモモがいた実家で暮らしている。
今年も梅雨の季節がやってきた。
この時期になると、モモに似た犬を、ついつい目で追いかけてしまう私がいる。
娘が大きくなったら、もう一度犬を飼ってみよう。
次はきっと娘が毎日散歩に連れて行ってくれるだろう。
***
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