メディアグランプリ

男声合唱のススメ


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記事:ビーマン(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「軟口蓋下がってるからもっと口の奥上げて」
大学2年生の夏のある日、私は先輩から発声練習を受けていた。大学から男声合唱の部活に入った私は先輩に依頼して月に二回程度、授業の無い時間に発声練習を受けていた。軟口蓋とは上あごの部位の名称である。私が良く指摘された事項であった。
 
私は昔から人見知りが激しく、人前で話すと激しく手が震えていた。人前で歌う、かつ一人ではないから苦手の克服にはちょうどいいかもしれないと考えていた。加えて、仏教高だった高校時代の式典で合唱部が宗教曲を歌っているのを聞いて、合唱というものに興味を持ったのも大きかった。いかつい読経も音楽にのることで荘厳でありつつも親しみやすいものにもなった。カラオケもうまくはない私だが、新歓特有の「誰でもウェルカム!」という雰囲気にかこつけて入団することにした。
 
しかし、その後は大変だった。
周囲は高校からの経験者も多く、ついていくことも難しかった。加えて先述の性格なので、恥ずかしがらず声を出すことに慣れる必要があった。音もなかなかうまく取れず、音程が低くなってしまうことも多々あった。発声も初めてなので普段使わない筋肉を使って筋肉痛になることもあった。体の中の筋肉の使い方や動かし方がわからずもどかしい思いをすることもあった。最初にある程度の苦労は想像していたけれども、やはり苦労は大きかった。
 
途中でやめてしまうこともできた。もともと音楽への興味と苦手克服の目的で入部したので違う選択肢を取ることもできたのかもしれない。もっと初心者の集まるサークルや違う種類のサークルもあった。しかし、入学時から就職活動が本格的に始まる4年生の春まで続けていた。
惰性であったのかもしれないし、他のサークルが思い浮かばなかったからかもしれない。ただ、観客席で聞くのではできない、自身の隣、前後、そして自分の中から出ていく音が共鳴していく体験。男声合唱の美しさに心奪われてしまったのも事実だった。
 
合唱で扱う曲は民謡や宗教曲である。J-POPなどのポピュラーソングを歌う場合もあるが、私の所属していた合唱団では文化祭などを除けばほとんど歌わなかった。
なじみのない曲を歌いながら、好きなフレーズや箇所が出てくる。それを練習しているうちに他の好きな部分も出てくる。さらに他のパートと合わせることでまた違った音や響きに聞こえてくる。観客の立場で聞くよりも、より近くで音が鳴り合わさっていく感覚がする。プラモデルや周囲の環境も作ってジオラマを作っていくような感覚かもしれない。完成されたものを見る喜びもあるが、その中の一部だけでも担い作る感覚がある。特にだんだんとうまくなって、最初では想像もできなかったような美しさになった時の達成感のようなものもあった。
自分の知らない曲に触れていくのも楽しかった。作曲家が有名な詩やミサに曲をつけて楽譜になり、それを歌う。小学校の時代にまどみちおさんの詩を、朝に意味も分からないまま唱和した程度しか人生で詩に関わってこなかった人間にとって斬新な経験であった。詩を読んだ際の感傷や感情が作曲家のつけた曲にのることで立体的になる。ただの日本語の文字列にしか読めなかった文字列に意味が与えられ、急に味わい深いものになる。いつになっても新しいことを学ぶことはうれしいもので、楽しい気分になった。
 
そして何よりうれしいのはいい演奏が出来た時である。和音と呼ばれる、複数の音が合わさり聞いていて心地よくなる音を鳴らす場面がある。いわゆる見せ場という場面でそれが出てくるのでうまく決まれば成功、外せば曲がしまらないという重要な音である。同時に誰かが少しでも音がずれてしまうと別の音が鳴ってしまい台無しになってしまうとても繊細な音だ。
それがうまく決まった時の喜び、同時に自分の口から出る音と耳から入ってくる音が共鳴して自分の体の中でなっている時のあの感覚は忘れることはできない。男声合唱なので女声よりも声が低いわけであるが、その分包み込まれるような感覚に陥る。女声の高い華のある声はないけれど、落ち着いた雰囲気になる。混声合唱や女声合唱もあるけれど、私は男声合唱の曲が好きだ。
 
そういうわけで練習も続け、部活も続けられたのである。人前に立つことも、最初は歌詞を持つ手が震えて紙の震える音が聞こえてきたくらいであったが、最後には克服できた。
地味で陰気臭く見えるかもしれない男声合唱だが、意外と奥は深いのだ。
 
 
 
 
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2019-08-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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