バッターボックスに立てなかったへなちょこな私に足りなかったもの
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記事:土屋忍(ライティング・ゼミ平日コース)
新卒で入社して24年勤めたメーカーからIT企業に転職したのは、私が47歳の冬だった。
ITの仕事に強い興味関心があったわけではなく、副業OKの会社への転職を希望したら、それがたまたまIT企業だった、という理由だった。
なので、IT業界がどんなところなのか、不勉強のまま突入してしまった。
一言でいうと、そこは時代の最先端だった。
まだだれも経験したことがない未知の領域に踏み込んだり、最新のツールや仕組みを積極的に導入する、そういう風土だった。
私に与えられた仕事は、未開の地に足を踏み入れるような類いのものではなかったけれど、それでも、今まで自分が経験したことがないことが、毎日毎日、わんさかふりかかってきた。
たとえるなら、毎回毎回、様々な球種が飛んでくるようなものだった。
カーブ、シュート、フォークはもちろんのこと、消える魔球を思わせるものもあった。
もちろん、ストライクゾーンに入っていない球もある。
あんなのどうやって打つんだよ、打てるわけないよ。
私はバッターボックスに入ることすらできずに、勢いよく飛んでくる球をなすすべもなく見送っていた。
・・・・・・周りの人はどうしているのだろう?
同僚の様子を観察すると、みんな躊躇なくバッターボックスに入って、ビュンビュン飛んでくる球を次から次へと打ち返していた。
でも、すべてがホームランやクリーンヒットというわけではなかった。
ファールや凡打のときもある。
それでもとにかく打ち返す。ストライクゾーンに入っていなくても、どんな球でも。
そして、もうひとつ気づいたことがあった。
ファールや凡打を打った人を、誰も否定したり非難したりしないことだった。
結果がどうであれ、チャレンジしたことそれ自体に価値がある、という考え方がそこにはあった。
失敗を許容する文化も。
一方で、チャレンジしない人に対しては厳しいまなざしが向けられていた。
バッターボックスに立つことすらできない私には、当然、その厳しいまなざしが向けられていた。
とはいえ、面と向かって非難されることはなかった。上司は、穏やかな口調で、失敗してもいいからやってみたらいいんじゃないですか、なんでも相談に乗りますよ、と言ってくれた。
それでも、怖かった。失敗することが。
何もしない方が得策なのではないかと、何度も思った。
でもこのままでは、この会社でやっていけない。
そう思って、おそるおそるバッターボックスに立ってみた。
容赦なくビュンビュン飛んでくる球は、あたったら痛そうで、バットを振るよりも先に、どうやったらあたらずにすむかを考えてしまう情けない心境だった。
困った。やっぱり打てる気がしない。
なんでも相談に乗りますよと言っていた上司に聞いてみた。
バットをどう持ったら、打ちやすいですか?
どの角度で振ったら、あたりますか?
上手に打ち返すためには、どうしたらいいですか?
上司はまた穏やかな口調でこう言った。
じっくり考えることも大切なことですが、まずやってみたら?
まずやってみる。私に足りないのはまさにそれだった。
失敗を許容する文化だとわかってはいても、失敗が怖かったのだ。
だから、確実に打ち返すためにはどうしたらいいかを考えて、動けなくなってしまっていた。
あれから1年。
すべての球を打ち返すことはまだできていないけれど、いくらかは打ち返せるようになった。
きっかけは、義父に、転職先の仕事について話したことだった。
前職メーカーと違って、走りながら考えるんですよ。失敗は許容されるけど、挑戦しない人には厳しいんです。でも、そんなに難易度の高い仕事ではないんですよ。
自分で発した言葉に、ハッとした。
難易度は、高くない・・・・・・?
そう。確かに、今まで経験したことのないことばかりだったけれど、消える魔球はごく一部で、難しい球はさほど多くはなかった。その事実に、言語化して初めて気がついた。
だとしたら・・・・・・?
そりゃあもう、やるしかないでしょ。
もうひとりの自分がそう言った。
見たことない球種だからとか、バットの持ち方がどうとか、いろいろ言っていたけど、要するに、覚悟が足りなかったのだ。
このチームに入ると決めたのは自分なのに。失敗を恐れずに、とにかくやってみる! という覚悟が。
あたるかどうかもわからない。ぶざまな三振になるかもしれない。
あたったとしても凡打かもしれない。めちゃくちゃ手がしびれるかもしれない。
でも、それでも、このチームに入ると決めた以上、チャレンジしなければ。
覚悟を決めて、今、私は、バッターボックスに立っている。
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