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空の巣症候群にならない、ちょっとだけ損なやり方


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記事:高山 聖子(ライティング・ゼミ夏休み集中コース)
 
 
それは、6年前のある日のこと。

「お母さん、僕、やっぱり県外の学校へ行きたい」

中学三年生の次男が、決意を固めた表情で言った。
 
 
息子二人のうち長男は既に県外の大学へ進学し、家には夫と私、そして次男。

次男が出て行ってしまったら、家庭から子どもの気配が消えてしまうということだ。

今でこそヒゲのおっさん的な風貌の次男だが、当時はいたいけな美(?)少年。
 
 
そんな我が子をまだ高校生のうちに送り出すなんて、母としてはかなりの覚悟が必要なことだった。
 
 
それでも、息子が興味を持っていた分野の学校が県外にしかなく、本人の希望する進路ならかなえてやりたいというのが、親心。

「合格したら、県外へ進学してもいいよ」と返事するしかなかった。
 
 
一日いちにちと日が過ぎて、息子の旅立ちが近づいてきた。

今までにぎやかだった我が家から、息子が旅立てば、火の消えたような家庭になってしまうのでは……?

「寂しくなるかもしれない」と、不安は段々大きくなっていく。
 
 
そして、忘れられないその日がやってきた。それは、その年初めての木枯らしが吹いた朝のこと。

窓の外から悲壮な鳴き声が聞こえてきた。

「この声は? 子猫!?」

あまりに切ない声が続くので、心配になって何度か探しに行ったが見付からない。
 
 
夜になってあきらめかけた頃、「俺が探してみる」と次男。

冷蔵庫から煮干しをいくつか取り出すと、片手に握りしめて出て行った。
 
 
しばらくして「お母さん! 猫を捕まえた!」

と、小さな生き物を抱きしめ、息を切らせた次男が帰ってきた。
 
 
「煮干しの匂いをかがせたら、寄ってきた!」

よくやった! 息子よ!

機転を利かせて、煮干しや猫の鳴きまねを駆使し、なんとか保護することができたらしい。
 
 
今から思えば、翌朝は初霜が降りたほど寒かった。

子猫は、命をつなぐラストチャンスを息子に託したのだ。
 
 
初めて見るその子は、期待していたフワフワでキュートな子猫の姿とは、かけ離れた存在だった。

猫風邪を引いたために親から置いて行かれたのだろう、やせ細り、目ヤニだらけで、毛並みも悪く、プルプル震えている。

今だから言えるが、「なんて不細工なの……」とショックを受けたくらいだった。
 
 
それまで我が家では、生き物は亀や金魚、小鳥くらいしか飼ったことがなく、猫との遭遇は初めてのこと。

どう扱っていいか分からない頼りない生き物と、大きな不安を抱え、翌朝、オープンと同時に動物病院に駆け込んだ。
 
 
猫トイレには猫砂が必要なことも知らなかった私だったが、その日のうちに、猫トイレに猫用お皿、お留守番をさせる時に使う家代わりのケージ、動物病院ご推薦の猫ご飯など、山のように買い込んだ。

アッという間に、我が家は猫ハウスに様変わりだ。
 
 
それからは、文字通りてんてこ舞い。

嫌がる子猫に薬を飲ませるだけでも二人がかりで、これが一日に三度。

なかなか治らない猫風邪、ぐったりする子猫を見ながら「もう助からないかも……」と暗い気持ちになったことも、一度や二度ではない。
 
 
それでも「とにかく温めよう」と、猫用ホットカーペットを買ったり、膝に抱えて温めたり。

まるで再びやってきた子育てのようだった。
 
 
必死だった私たちの願いが通じたのか、「ニャアちゃん」と名付けられた子猫は段々と回復し、ふっくらと愛くるしい我が家のプリンスになった。

そして、猫風邪の完治とともに、家の中を走り回るようになった。

そうなってくると、もうおとなしい子猫はどこにもいない。
 
 
小さい頃にヤンチャをするのは、人間も猫も変わらないらしい。

男の子と分かった子猫は、本領を発揮して、私の顔を狩りの獲物にしたり、足に爪を立ててじゃれついたり。「悪童ニャアちゃん」とあだ名が付いたほどだった。

特にレースのカーテンに爪を立てて登るのがお気に入りで、一時期寝室のカーテンはお化け屋敷のようになっていたほどだ。
 
 
そして、後追い期があるのも人間と同じだった。

どこへ行くにも私に付いてくるので、一時期は抱っこしながらトイレに入っていた。真剣に抱っこひもの購入を考えるほどだった。

それまで通っていたジムもやめ、子猫のために送る引きこもり生活。

しかし、それが全く苦にならない。

背中を駆け上っていつも肩に乗りたがる子猫に、爪の痛さも忘れて「ナウシカみたい」と喜んでいたくらいだ。
 
 
どんなイタズラをされても、つぶらな瞳で見つめられると許してしまう。

膝の上で寝てしまった子猫の、フワフワの肉球を触るよりも幸せなひとときって、この世にあるだろうか?
 
 
そんな慌ただしい日常を送るうち、気が付くと、次男が進学のため上京する日になっていた。

「きっとその日は駅で泣いてしまう……」なんて思っていたのは遠い昔。

「元気で行っておいで! じゃあね!」と、あっさり笑顔で見送ることができた。

だって、急いで家に帰らないと、かわいいあの子が待っているのだから!
 
 
息子の巣立ちと同時にやってきた子猫。

まるで私を助けるかのような、運命的な出会いではないだろうか。
 
 
今では、すっかり「おじさん」と呼ばれる年齢になったニャアちゃんだが、まだまだ甘えっ子で、私が話しかければちゃんと応えてくれる。

私にとって一番の「ラブ」だ。
 
 
それから二年後には、もう一匹女の子猫を保護し、今ではすっかり「猫ファースト」の我が家。

息子たちが帰省してきても、ニャアちゃんを抱っこしながら「うちの長男はこんなにいい子なの~」とのろけてしまうほど。
 
 
「え!? 長男って? 俺たちの存在は?」と息子に言われ、初めて息子たちの存在をすっ飛ばしていたことに気が付いたこともある。

これを素でやってしまったというのだから、自分でも驚きだ。
 
 
「子どもたちが巣立って、寂しくて泣いているの」なんていうご近所さんには、「猫を飼うといいよ。猫!」と布教するくらい、立派な猫飼いになっている。
 
 
よく子どもが巣立った後に、憂うつな気分が続く「空の巣症候群(からのすしょうこうぐん)」になると聞くが、私の場合、まさに「空の巣症候群? 何それ、おいしいの?」状態だ。
 
 
空の巣症候群にならない方法、それはズバリ、猫を飼うこと。

しかし、個人差ならぬ、個猫差はあるものの、カーテンを破かれる、床もしくは畳に傷が付く、ソファに爪痕が残るなど、マイナス面があることも確か。
 
 
猫を飼うことは、冷静に考えて損か得か?

そう聞かれたら、「たくさんの得と、ちょっとだけ損もあるかな?」と答えるだろう。

でも、その“損”だって、猫飼いにとっては、“ごほうび”なんですがね!
 
 
 
 

***

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2019-08-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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