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親より先に旅立った最高の親孝行


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:浅倉史歩(ライティング・ゼミ夏休み集中コース)
 
 
「同じクラスにいたUさんって覚えてるよね?
亡くなったんだって」
 
 
担当の先生からの言葉に耳を疑った。
茫然と立ち尽くす私に、
「NさんとMさんがお葬儀に参列したって。僕も信じられへんねんけどな……」
 
 
今から数年前、私は専門学校に通い日商簿記の勉強をしていた。
その時知り合ったのがUさんだ。
彼女はとても努力家で、成績も優秀だった。
授業のない日も一人、自習室でこつこつ勉強して、最難関の1級クラスを受講していた。
 
 
見た目ではわからなかったのだが、Uさんは難病を抱えていた。
レックリングハウゼン症候群、日本語での病名は「神経線維腫症Ⅰ型」といい、厚生労働省の「指定難病34」に該当する。
病気の症状は多岐にわたるらしいが、主な症状としては体の広範囲に次々と腫瘍ができていく。
そしてこの病気は原因不明で、適切な治療法も発見されていないというとても厄介なもので、日本のみならず、世界中の医師がまだまだ研究中の難病である。
 
 
彼女の全身にも、止まることなく次々と腫瘍が発生していた。
月に一度は通院も治療法がないため、「治す」ための通院ではない。
発生する腫瘍ひとつひとつを注射でつぶしていくという、原始的な対処療法だ。
でも彼女が最も苦しめられていた症状は、脊髄にできた腫瘍がどんどん大きくなって、背骨や頸椎が破壊されつつあることだった。
それにより、彼女の日常生活は、激しい動きはダメ、重い荷物もダメと、体への衝撃が危険だから人ごみへの外出もダメ、と大きな制限があった。
 
 
「大好きだった保育士の仕事を辞めたのは、子供を抱いたり、追いかけたりするようなハードな動きができなくなったから。」
「体に負担がかからない仕事をするため、経理の勉強を始めた。」
と教えてくれた。
 
 
その彼女から、「しばらく勉強お休みする。手術するねん」と聞かされたのは、2011年、夏のこと。
「もうね、体が悲鳴あげてるねん。
首の骨がボロボロで、授業の90分座りっぱなしが辛いねん。自分の体を支えきられへん。
街中で誰かにぶつかられて転んだりしたら、もうアウトやし。」
この「アウト」というのは、頸椎が折れて寝たきり状態になることを意味している。
 
 
手術というのは、ボロボロになった頸椎を固定するという内容だった。
けれど当時の彼女のような症状にその手術は難易度が高く、成功するかどうかの確立すら未知数で、当然引き受けてくれる医師が見つからない。
ようやく引き受けてくれた医師も、検査をすればするほど逃げ腰になっていったらしい。
 
 
「このまま放置していたら、そのうち全身麻痺になる。
だったらわずかな望みにかけたい。術後はリハビリでなんとかするから さっさと手術してください!!」と医師を説き伏せて、国内でも海外でも症例のない手術を受けた。
 
 
そして結果は大成功、宣言どおりリハビリに励み無事退院。
「術後10日くらいはベッドの上にあおむけ状態で、一切動かれへんねん。
食事もおトイレも全部その状態やねん。きつかったわー。」
「まだ、2,3回は手術せなあかんねん。」
「毎月の注射も続けなあかんねん。ちなみに、注射って一回につき多いときは100箇所くらい打つねんで。」
「遺伝的要素が強い病気やから、子供をつくろうとは思わないよ。だから結婚はあきらめてる。親にもそう宣言してるし。」
聞いているほうが辛くなることを笑顔でさらりと言っていた。
首を固定していたのは、見たことないくらい大きなカラー。
それでも彼女の口から、後ろ向きな言葉は一切出てこなかった。
「人に弱み見せるのいややねん」と言う姿に、彼女らしさを感じながらも、辛い気持ちを強気発言でカモフラージュしていることは、伝わってきた。
 
 
Uさんが亡くなったことを知らされてすぐ、私は彼女の親御さんにお手紙を送った。
そして数日後、彼女の家を訪ねた。
 
 
出迎えてくださったお母様は、亡くなったのは2度目の術後だったと教えてくださった。
手術も成功、経過も良好だったとのこと。
ベッドの上で雑誌をぱらぱらめくりながら、
「この分だと早く退院できるかもしれないね」と話しをしている真っ最中に、
「あれ、クビ、クビが痛い…」と言いながら意識を失い、そのまま帰らぬ人となったとー。
 
 
「『親より先に旅立つのは最大の親不孝』と世間では言われるけど、私はそうは思ってないねん。
前回の手術入院も含めて、あの子と過ごした時間はほんまに宝物やわ。
35歳にもなった娘の口に食事を運んだり、おトイレの世話したりっていうのは楽じゃなかったし、あの子も辛かったと思う。
 
 
せやけどもし私が亡くなった後、他の人にお世話されること姿を想像するだけで辛くて辛くて、死んでも死にきれん。
 
 
産んだ私が、産まれた時と同じようにお世話してやれて、ほんまによかったと思ってる。
 
 
それに、たくさんのお友達がこうして手を合わせに来てくれる。
親の知らないあの子の様子や一面を、お友達から聞けることができてうれしい。
やっぱり、強気なあの子らしいことばっかり、言ってたんやね。
 
 
「こんな厄介な病気になったけど、私はお母さんを恨んだことは一度もない」と言ってくれていたことも、お友達から聞いて初めて知ってね、どれほど救われたことか。
そんな風に思ってくれていたなんて、私は知らんかったからね。
私はずっとずっと「健康に産んであげられなくてごめんね」って心の中で謝り続けてたし、私のこと恨んでるやろなって思ってたから」
と、淡々と胸の内を語ってくださった。
 
 
「だから、あの子は絶対親不孝やないねんよ。
親より先に亡くなったけど、親不孝どころか、最高の親孝行して旅立っていってんで。」
しっかりと私の目を見て、力強くおっしゃった。
彼女の懸命に生きようとする姿が言わせた言葉に違いない。
 
 
だから、もし叶うことなら私はUさんに言ってあげたい。
「おかんが私に、申し訳なさそうにしてる姿を見るのが辛いねん。
だからちょっとでも病気の進行抑えたいねん。」と言っていた彼女に、
 
 
「最高の親孝行だったって、お母様がおっしゃってたよ」と。
 
 
その「最高の親孝行」をしてUさんが旅立ってから、今年は8回目の夏。
ちょうどお盆の今、お母様のそばに帰ってきてるだろうか……。

 
 
 
 
 

***

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2019-08-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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